2018年06月16日

【動画】祈る皇女斎王のみやこ 斎宮


最近ふと思い立って「伊勢物語」を読み返しているわけですが。
そもそも伊勢物語が「伊勢」物語であるゆえんを考えれば考えるほど、第六十九段をはじめとする伊勢を舞台にした章段の存在意義が気になってきます。(一応、構成の上からはそれが全編のターニングポイントとも思えなくもないことはこちらで書きましたし、在原業平と恬子内親王の実年齢からすれば、なおさら、恋愛ではなく恋愛の断念こそが主題になっていそうな感触が感じられなくもないことはこちらの追記などで触れましたが)
源氏物語でも卜定された内親王と共に六条御息所が去っていくのが伊勢の斎宮。
伊勢神宮そのものに比べると世間の注目度は高くないかもしれませんが、斎宮というのも、日本の文化・伝統・精神にとって重要な制度であり存在だったのかもしれません(そもそも伊勢神宮を創建された倭姫命やその前任の豊鍬入姫命も、制度化される以前の斎宮といっていいような存在だったようにも思えますし)

そんな斎宮ですが……
三重県に遺跡が残されており、発掘作業や保存事業も行われているそうです。
明和町公式動画 から。続きを読む
posted by 蘇芳 at 20:47|  L 斎宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月21日

海辺の元伊勢


こちらでも触れた通り、倭姫命の前任者・豊鋤入姫命も、天照大神の御鎮座地を求めて旅をされています。
もっとも、出典は鎌倉期に成立した「倭姫命世記」で、記紀や皇大神宮儀式帳など他の文献には記載がなかったりもするようなので、後世の付会である可能性はあるかもしれません。
しかし、後世の付会であるならあるで、その場所が選ばれた「理由」は、かえって、明確に観念され、わかりやすくなるかもしれません。
豊鋤入姫命の巡幸地は、大和を中心に、丹波(京都)・吉備(岡山)・紀伊(和歌山)の三ケ所ですが、大和以外の三ケ所の元伊勢伝承地に共通しているのは、「海」というロケーションではないでしょうか。続きを読む
posted by 蘇芳 at 16:32|  L 斎宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月20日

元伊勢としての大神神社


崇神天皇の御代には国家的な祭祀のあり方が再編成されますが、大和神社大神神社と並んで、この時代にあらためて整えなおされていったのが、天照大神の祭祀であることは、今さら言うまでもないでしょう。
それは、やがて伊勢神宮の創建へと至る、お二方の皇女殿下の旅の始まりでもありましたが……
その「始まり」の場所が他でもない大神神社だったかもしれないことは、元伊勢に興味を持っている方には常識かもしれませんが、それ以外の方にはあまり知られていない、気に留められていないことのような気もします。続きを読む
posted by 蘇芳 at 15:33|  L 斎宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする