旅の僧が途次に立ち寄った見知らぬ土地で、里人(前シテ)に出会い、土地のいわれやゆかりの人などについて訊ねる。里人は問われるままに答えるが、やがて、「実は自分こそがその話題の主の亡魂である」と正体を明かし、かき消すように消えてしまう。そのとき、旅僧に、その場で一夜を過ごすことや、読経を依頼する場合もある。旅僧が乞われるままに夜を過ごすと、やがて、正体を現した亡魂(後シテ)があらわれて、生前の苦悩や出来事を語り、あるいは亡者となった死後の責め苦をもあらわにし、菩提を弔ってくれと哀訴する。旅僧は一心に経を読み、やがて亡霊はその功徳に救われて成仏する。
これがいわゆる「複式夢幻能」のだいたいのあらましだろう。つまるところ、「前シテ」と「後シテ」は決して別の存在ではない。前者は仮の姿、後者は正体。両者はつまり同じものだ。
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