2017年10月05日

幕末領土主権所在地


ということで「世界と戦った日本人の歴史~幕末激動編」を視聴し終わったわけですが。
いつもながらくららの動画というのは今一つ食い足りない。
面白おかしくエピソードを語るのはよいが、快刀乱麻の痛快さというのは、結論ありきの単純化に通じかねない危険もあり、異論・異説を「切って捨てる」ことは、異論・異説に対する論理的な「反論」「批判」の放棄になりかねない。

反論できないこととしないこととの間に違いがあることは認めてよいが、では倉山氏がどちらなのかといえば、おそらくちゃんと考えはあるのだろうが、面白おかしく語ることに傾注しすぎて動画としては曖昧になっている憾みなしとしない。こと幕末維新に関しては、維新肯定が自明の前提とされすぎて、論証不足を感じる場面がしばしばあるような気はする。

別に当方も維新がダメだとか不要だとか言うつもりは無いが、昔から、玉石混交のアンチ薩長史観が提示されつづけ、時々流行するのも事実ではあり。それでは維新が起こらなければ日本はどうなっていたというのか、彼らが主張するように薩長などよりはるかにスバラシイ日本を築くことができたのか。否定するにせよ肯定するにせよ、一度くらいは、正面切っての議論をくららでも聞いてみたい気はする。続きを読む
posted by 蘇芳 at 15:38| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月15日

没義道者が道を説く


教科書的な説明では、儒教とは下は上に従えという思想だから支配者・権力者に都合が良かったのだ、という説明がされています。受験用の教材などはほとんどそれではないかと。


しかし、こちらこちらこちらなどで未整理なまま書き散らしてきたように、水戸学や垂加神道や頼山陽や山鹿素行などなど、国学よりもむしろ儒者の尊皇思想こそが過激化し幕末維新の原動力になったのだとしたら、徳川の推奨した朱子学のどこがどう「支配者」にとって好都合だったのか?続きを読む
ラベル:儒教 江戸時代
posted by 蘇芳 at 15:57| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

あけてたにみよ


孫引きで恐縮ですが、菅野覚明「神道の逆襲」によれば、こちらでも一部引用しておいた通り、垂加神道の儒学者・山崎闇斎は、
国に悪い者あれば、それを退治するがはらいぞ。あしき一揆、盗賊、およそ天下国家の害をなすことをば皆治めはらうがはらいぞ。
づんとさしつまりて、殺す道理になりてからは、人でもづんと殺すものぞ。少しも許さぬ心の、さるほどにきつかりとして許さぬ処ぞ。
などと主張していたそうで。発想がナチュラルにテロリストです。さすが儒学者。口に尊皇愛国を唱えながらも、主君殺しが常態の易姓暴力革命の国の「からごころ」からは、なかなか逃れることができないものなのかもしれません。続きを読む
posted by 蘇芳 at 15:35| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

やまとごころと人問えど…


戦後反日教育のおかげでお寺と神社の区別もつかない日本人が増えたという話はありますが。
それが事実なら、まして国学儒学水戸学などの区別などなおさらつくはずもなく。
反日教科書や反日メディアに何となくすりこまれている思い込みのひとつに、国学が出現して、尊皇思想が盛り上がって、明治維新が起きた、などという図式があるような気もしますが、論理的に考えるとかなりいかがわしい決めつけのような気がしなくもありません。続きを読む
ラベル:仏教 儒教 神道 国学
posted by 蘇芳 at 15:34| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする