2018年10月30日

松陰語録


さすが松陰先生。たまにイイコトを言う。
テロリストとしては無能だったけれど。続きを読む
ラベル:江戸時代 儒教
posted by 蘇芳 at 14:52| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月13日

【動画】[美しき日本] 岐阜 佐藤一斎


本居宣長は儒教の「からごゝろ」を排斥しましたし、儒教が本来易姓革命の支那思想である点から言えば、その排斥にも相当程度の説得性があるように思います。
しかし、その一方で、藤田東湖、山鹿素行、大塩平八郎、山崎闇斎、頼山陽、佐久間象山、吉田松陰、などなど。名だたる江戸の思想家、特にいわゆる志士に影響を与え、直接間接に国難克服≒明治維新に貢献した思想家のほとんどが、儒学者であったこともまた事実。
現代のサムライを自称する似非保守がしばしば宣長の「やまとごゝろ」と松陰の「大和魂」の区別さえ曖昧にしようと企てることには違和感を覚えますが……愛国詐欺師のミスリードに騙されないためにも、儒学とは何か、国学とは何か、を自分なりに整理しておくことは必要であるように思います。

しかし、何を読めばいいのか? 

あくまで個人的な嗜好の問題ですが、支那思想としての儒教そのものには、違和感や嫌悪感、警戒感も根強くあります。宣長的な視点を踏まえればなおさら。
にもかかわらず、儒教もまた間違いなく日本の「こころ」の一角を形成してきた成分の一つであるとするならば……単に儒教そのものではなく、日本の先人はいかにしてそれを受容し、変容させ、無害化・有益化しようとしてきたのか。その作業にどの程度成功し、どの程度失敗してきたのか。外来思想の受容の仕方にこそ注目すべきかもしれません。(仏教や西洋文明についてもよく言われることですが、儒教も外来思想なのですから同様な作業は経ているはず)

とすれば、個人的には……儒学以外にも幅広い見識を持つ日本人が、儒学をも十二分に咀嚼したうえで、特定のテーマに拘束されず、広範な題材について、網羅的に意見を述べた、箴言集や言行録のようなもの、いわば日本版論語のようなものがあれば、読んでみたいかもしれません。
しかしありますかね? そんな都合のよい本が?続きを読む
posted by 蘇芳 at 21:20| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月27日

「やまとごゝろ」と「大和魂」

しき嶋のやまとごゝろを人とはゞ朝日にゝほふ山ざくら花(本居宣長)
かくすれば かく なるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂(吉田松陰)
詠み人を明記する必要すらなさそうなレベルで有名な二首。
自称保守や自称愛国者の一定数は、無邪気に、この両方が両立するものと思っているらしいし、私自身、そういう捉え方で安易な記事を書いたこともあったかもしれないが……
しかしそもそも、これら「やまとごゝろ」と「大和魂」が両立するというのは、本当だろうか?続きを読む
ラベル:儒教 国学
posted by 蘇芳 at 14:45| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする