2021年09月11日

【動画】【竹田学校】歴史・江戸時代編③~幕府と対立した後水尾天皇①~|竹田恒泰チャンネル2


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後水尾天皇の譲位といえば、一昔前は、徳川の外戚化を阻止するため~とか言われたりもしましたし、当方も一時期、影響されましたが。
最近は、どうですかね?
徳川の外戚化がケシカランというわりに、後水尾天皇&和子皇后、どれだけイチャイチャしたんですかというくらい子だくさんですし、夭折はしたものの男子も誕生、そのさい、秀忠は当然、大喜びで将来の皇位を妄想したわけですが、それに対して、天皇が抵抗されたという話は耳にしないようです。

皇室にとって重要なのは男系の血統ですし、外戚自体は今に始まった話でもありませんし、癒着はWinWinでもありえますし、「外戚」それ自体ではなく、徳川との「関係」のほうが問題。もっというなら、後水尾天皇と「秀忠」との関係、ぶっちゃければ個人的な喧嘩に近いモノがあったようななかったような気がしてこないこともありません。紫衣事件なども、政治的な意図よりも、意地の張り合いみたいな色彩が、意外と強かったのではないかと……いう気がしないでもありません。
当方の気のせいならいいですが。

もちろん、結果的に、朝幕の関係に大きな影響を及ぼした事件ではあったのでしょうけどね。。
それについては、秀忠にせよ後水尾天皇にせよ、当然、周囲に取り巻きがいたわけですし、本人の意志だけでなく、あるいは本人の意思以上に、その取り巻きたちの思惑にも目配りすべきかもしれません。




ところで後水尾上皇は動画でも言う通り僧形の肖像画が残っているわけで。
僧侶ニアイコール文化人でもありましたし、譲位後の上皇は、サロン的なものを形成して、いろいろ仏教系の文化人を輩出されたとかナントカいう話もあるようです?
一方で江戸時代のインテリというのは、仏教嫌いの人が多かったわけで、尊皇思想が討幕イデオロギーというより幕府の存立基盤だった江戸時代初期には、徳川義直(尾張)、徳川光圀(水戸)、保科正行(会津)など、徳川の親藩にも尊皇家が多く、おおむね、仏教嫌いも兼ねていたようですが……
仏教嫌ひの系譜
こういう人たちにとって、他でもない天皇・上皇の仏教文化サロンみたいなものは、どういう意味付けが与えられていたのでしょうね? 真面目に仏教やってるわけでもない、ファッションみたいなものだからどーでもよかったのかしら?
しかし、また一方で、このころから、天皇の陵が仏教式になっていきます。
後陽成天皇陵として比定されている深草北陵は(すでに「方形堂」という仏教くさい様式になっていながらも)まだ単独の陵でしたが、後水尾天皇の頃から、いよいよ、泉涌寺の月輪陵という、共同慕・合葬墓の形式になっていきます。
幕末に至って、尊皇の志士が、神の後裔である天皇の葬礼が、仏教に簒奪されているという、その「惨状」に号泣したという話もありますが……
徳川の尊皇家にとっては、これも、別に、どうということでもなかったのでしょうか?

単に「家康が幕府を作りましたおわり」的な歴史では、いろいろとわからないテーマが、まだまだ残されているようではあります。

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posted by 蘇芳 at 14:26|  L 「竹田学校」(江戸時代) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする