2021年06月29日

【動画】【竹田学校】歴史・鎌倉時代編①~『大天狗』後白河院~|竹田恒泰チャンネル2


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動画概要
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後白河院が有能だったのか無能だったのか、受け身で翻弄されただけだったのか、主体的に時代をコントロールしようとして、それに成功したのか失敗したのか、昔から議論百出、とらえにくい人物ですが。
いろいろな意味でキーパーソンではあるでしょう。
保元・平治の乱で実質的に公家の時代が終わって武家の時代が始まった、そのころから。
平氏政権、源平争乱、そして源氏の身内争い、頼朝勝利と、その時代を見届けた上皇には違いないわけですから。

何はともあれ、「幕府」スタート。

武家が朝廷から実権を奪ったと、下剋上的な階級闘争的な言い方がされることもあるかもしれませんが。
「実権」はさておいて征夷大将軍はあくまで天皇の臣下というタテマエ・名分もまたあるわけで……
権威と権力、シラス・ウシハク、大政委任、天皇不親政の伝統と、
皇室を語る上でも重要な、ある種の分業・分担が、新たな制度的装いを得たとも言えないことはないかもしれません?

幕府以前から、大伴、物部、蘇我、藤原、平、さらにこの後も、源、北条、足利、織田、豊臣、徳川、と、政治の「権力」中枢の一族はコロコロ変転、きわまりもありませんが。
天皇・皇室の「権威」は一貫してたえることなく続いた不思議。

公家から武家への主役交代という大きな時代の節目にも、それは一貫していたというか。その「一貫」を壊さなかった(むしろ活用した)からこそ、その「大きな時代の節目」を成功裏に乗りきることができたのかもしれません?
それを見抜いていた頼朝エライとまで、個人の功績に帰していいのかわかりませんが……
(そもそも賜姓源氏自身が元皇族なわけですし、平家追討も以仁王の令旨が大義名分だったわけですから、天皇の臣下というタテマエ・名分にも、自然・当然の成り行きという面はあったはず)

「吾妻鑑」など、鎌倉幕府の公的見解(プロパガンダ)的に、頼朝はじめ源氏将軍を尊皇の忠臣として描きだそうとしている面があるらしいことは、平泉清など皇国史観的な本(https://amzn.to/3w89cFA)で見かけた記憶があったりしますし、頼朝はじめ鎌倉方が、天皇・皇室の「権威」の価値を重々承知の上で利用したのは、間違いなくはありそうですし、「使えるものは何でも使う」のは、現実政治的には当然の判断ではあったでしょうか。
その結果、皇室尊重が、また新たな武家の伝統として、後々にまで受け継がれていくことになるのだとしたら、頼朝の尊皇がよしんば猿芝居の類だったとしても、結果論的な功績は認めざるをえないところではあるかもしれません?
この時、日本国の運命は、頼朝一人の双肩にかかっていました。彼の思想、信念、その一挙一動は、天下の人々、仰いで之に注目していました。従って若しも彼にして国柄をわきまえず、朝廷に対して傲慢であり、伊勢大神宮に対して不遜であったならば、武士共は皆之にならい、失礼を働いたかも知れない情勢でありました。しかるに頼朝は、跪いてうやうやしく勅命を承り、いかに困難な事でありましても、勅命とあれば必ず奉仕させていただきますとお誓い申し上げ、そして勅命に従わない武士に対しては、「日本国から出て行け」と、厳然として言い放ったのであります、この一言は、国家の本質を安定して、微動もさせない力をもっていました。そしてその拘束力は、源氏三代の間だけでなく、鎌倉幕府全体に及び、それどころでなく、足利も、徳川も、皆頼朝を模範として起ったもので、頼朝の前には頭があがらなかったのですから、室町幕府も、江戸幕府も、大局から見れば頼朝の指導拘束を受けたと云ってよく、従って幕府と云うもの、変体は変体ながら、日本国の本質を変えるに至らなかったのは、頼朝のあのすばらしい一言によると云ってよいでしょう。


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posted by 蘇芳 at 14:42|  L 「竹田学校」(鎌倉時代) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする