2021年02月08日

【動画】昭和43年防衛庁記録


modchannel から。


動画概要:
2020/12/28
昭和43年(1968年)における防衛庁・自衛隊の主な取り組み、活動を紹介しています。
00:00​~ オープニング
00:28​~ 冬季訓練
01:33​~ 自衛隊の充実 
06:45​~ 広報活動
07:37​~ 訓練 
09:04​~ 後方施設機能の充実
10:44​~ PS-1完成
11:23​~ 十勝沖地震
12:00​~ 海上自衛隊第12回遠洋練習航海
13:13​~ F-86Dアラート任務終了 
13:36​~ 天皇、皇后三笠記念館行幸
13:55​~ 小笠原諸島返還
14:28​~ 総理大臣表彰
15:15​~ 少年工科学校殉職隊員学校葬
15:40​~ 海上自衛隊部内課程航海実習訓練
16:07​~ 東富士演習場返還
16:22​~ 自走浮橋性能試験
17:28​~ 広報活動(夏季)
18:03​~ 陸上自衛隊海上機動訓練
18:54​~ 護衛艦みねぐも引渡し式
19:23​~ C-X輸送機開発
19:49​~ イギリス国防大学学生防衛研修所訪問
20:18​~ 自衛隊高級幹部会同
20:44​~ オリンピック参加選手壮行会、帰国行事
21:22​~ 秋季演習
22:57​~ 東京航空宇宙ショー・入間航空祭
24:20​~ 自衛隊記念日行事
27:18​~ 次期戦闘機選定
27:50​~ 新捜索レーダー試験
28:16​~ 練習艦かとり進水式
28:41​~ 桧町警備隊本発足
29:10​~ 砕氷艦ふじ南極観測支援
29:38​~ 防衛庁長官離着任式(離任 増田甲子七、着任 有田喜一)
30:50​~ エンディング

「三次防(第三次防衛力整備計画)」の単語が登場。
名前はご立派ですが、こちらで触れたゼッタイテキヘイワ主義や、こちらの三矢研究など、時代の制約やら何やらで、いろいろ足を引っ張られるような面もあったようで……
何度か引用している「自衛隊史: 防衛政策の七〇年https://amzn.to/3aMjp3F」によれば、敵地攻撃能力の保有がタブー化されていったのもこの時代だったとか?(逆に言えば、この時代以前は、タブーではなかった?)
それだけでなく、自衛隊の能力にも大きな制限が加えられた。たとえば、敵地攻撃を可能にすると考えられるものは極力、抑えられたのである。空中給油など長距離飛行を可能にするもの、長射程のミサイルの配備は不可とされ、ファントムから爆撃照準装置が外された。専守防衛であるから日本の中だけで自衛隊は行動すべきものとして、さまざまな配慮が行われたのである。
専守防衛……
本土決戦思想なのですけどねぇ。。
わざわざ性能を低く抑えた防衛装備品とか、こちらの本の防衛産業の問題なども参照しておきたいところかもしれません?

そんな制約の中でも、何とか、国防の能力・態勢を整えようと、見えないところで涙ぐましい努力を続けてきた人たちは、もちろん、いるはずなのでしょう。
さて、それでは決定された三次防の内容であるが、二次防の延長という性格が強い一方で、二次防とは異なる内容も持っていた。それが海上防衛力重視ということと、装備国産化推進の方針であった。
この装備国産化の必要性というのも、こちらの本など参照しながら理解を深めたいところかもしれません?

創設の経緯から、内務官僚による「文官統制」が強かった自衛隊ですが、そうした体制を作ってきた「第一世代」が退場しつつあったのも、この60年代後半くらいだったとか?
それを象徴するのが、「海原天皇」とまで言われた海原治の国防会議転出である。防衛庁草創期を支え内局を代表する官僚であった海原は、自民党内の派閥対立の影響も受け、次官就任確実と言われながらも官房長を最後に防衛庁を去る。
 海原の失脚自体は政治による干渉であるが、しかしその頃には、制服組の台頭を抑えることに精力を注ぎ、文官優位体制を当然と考えた海原らの世代と異なり、自衛隊管理官庁という立場に飽き足らず、防衛庁の政策官庁化を目指そうとする世代が育っていた。この世代は、軍事技術者としての制服組に対してより積極的な評価を行いつつ三次防までの長期計画が抱える問題性を認識し、自衛隊の意義・役割を再検討する必要性を認識していた。
ようやくたどりついたその「認識」が、世間的にはまったく逆方向の認識の逆転(こちらのゼッタイテキヘイワ主義の台頭)によって、逆風にさらされていく……のは、いよいよ、このあたりの時代からでしょうか?

今回の動画には小笠原諸島返還とか、東富士演習場返還とかといった見どころもありました。
沖縄返還もここからもうあと4年ほどのカウントダウン。
それと同時に安保改定・70年安保もまもなくなわけですが。。
そのあたりを見ても、日米同盟の強化という外交的・国防的要請と、国内世論のズレの拡大の予兆が、見て取れる時代かもしれません?

自衛隊の広報動画を見ているはずが、中途半端に本など読むと、妙に悲観的になってしまいそうでアレですが。。
いたずらな悲観論を回避するためにも、そうした先人の苦闘の歴史を、われわれももう少し知ろうとすべきでしょうし、また、すでに知っている人は、「知れ」と上から威張り散らすだけでなく、素直に情報提供してほしいものではあります。全部逐一説明する必要はなく、情報の在処(本なりURLなり)を指し示すだけでもよいのですしねぇ。。


あとは……

天皇、皇后三笠記念館行幸あたりの記録は、今回の動画の中でも、一服の清涼剤ですね。
昭和天皇にとって、学習院長乃木希典の影響が甚大だったのはもちろん、(乃木にくらべてさほど大きな人格的影響はなかったような話でもありますが)一応、海の東郷平八郎も、東宮御学問所総裁ではあったわけで。。
それでなくても、明治時代に幼少期を過ごした世代にとっては、日露戦争の勲というのは、特別な思い入れのあるものかもしれません?
(しかし、また、陛下が”そういう”場所にお運びになるというだけで目くじらを立てる的外れなおヘイワ主義が、いよいよ……まあ、もう、いいですか)

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posted by 蘇芳 at 15:45|  L 「防衛庁記録」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする