2020年08月20日

【動画】ラジオ紙芝居~木曾義仲と巴御前の生涯~ シーズンⅡ #5「生き抜いていく巴」の巻【FMとやま】


FMとやま から。


動画概要:
2020/08/10
FMとやま「ラジオ紙芝居~木曾義仲と巴御前の生涯~」
シーズンⅡ #5 生き抜いていく巴の巻 2020年8月11日放送 牧内直哉
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今回のラジオ紙芝居に関する解説はこちらからお聴きください
http://www.fmtoyama.co.jp/contents/podcast_49.html.

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■番組ホームページ
http://www.fmtoyama.co.jp/program/program_73.html
■番組ブログ
http://www.fmtoyama.co.jp/blog/kisoyoshinaka/

解説音声でも語られていますが、
Wikipedia:朝比奈義秀 - 義秀の母について
『源平盛衰記』などでは木曾義仲の敗死後、捕虜になった巴御前を義盛が望み、義秀が生まれたことになっている。もっとも、義秀の生年(『吾妻鏡』に1213年の和田合戦の時点で38歳とある)が義仲の滅亡以前であることから、この話は創作である。
だそうで。
それはそれでいいですが。
問題は、なぜそんな創作が作られ、流布されたのかということで。
解釈はいろいろあるのでしょうけれど。この挿話を、「巴御前の後日譚」ではなく、「朝比奈義秀の出生譚」としてみれば、豪傑が豪傑である根拠として、伝説的な女性が「母」として要請されたということかもしれません?
安倍晴明の母親は~みたいなものですね。
つまるところ、巴御前というのは、『源平盛衰記』が成立した時点で、葛葉レベルの伝説的「キャラ」と化していたのでしょうか??

まあ、朝比奈義秀の出生はともかく、和田義盛との結婚自体は史実と見れば、そんな深読みの必要もなくなるかもしれませんけどね。。
そのあたり、実際のところ、どうなのか。
大元の巴御前の存在そのものさえ、どこまで史実でどこまで創作なのか不分明なだけに、憶測だけなら何とでもできすぎて、困ります。

こうした場合、「事実」の詮索はそれはそれとして、現行の伝説・伝承・創作など、物語はあくまで「物語」として、その意味性について「読解」を試みる方が、アプローチとしては妥当なのかもしれません?

ちなみに敵将の妻女が頼朝の前に引き出されて~という「物語」なら、静御前にも似たエピソードがないでもないですし。
義経の母・常盤御前も、夫は平治の乱に敗れ、息子は頼朝に追討され、そのたびに勝者に狙われた挿話があったかとも思います。

解説音声で語られているように、後々の禍根を絶つという意味で、敵将の残党というのも当然放置してはおけない存在ではあったでしょうから(何しろ頼朝自身が平家側から見ればその「禍根」の見本みたいなものですし)、こうした出来事自体は、史実としてもいろいろありえたかもしれませんが。。
そうした出来事が、伝説として物語化されて伝承されていくとき、そこにはやはり文字通り「判官びいき」に類する、何らかのバイアスが作用しがちだったような気はしないでもありません。

池禅尼に一命を救われながら、ある意味、その「恩」を仇で返した頼朝という人物は、(政治的合理性からは高く評価もできるでしょうが)、情緒的には「悪役」にしやすくもあったかもしれませんから、なおさらですね。。

Wikipedia:巴御前
Amazon:
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巴御前
乱世を駆ける―木曾義仲と巴御前
大鵬が行く ~義仲と巴御前~
ともえ
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巴御前―動乱の世を天翔る木曽谷の女武者 (ロマン・コミックス 人物日本の女性史 13)
平家物語の女たち: 大力・尼・白拍子 (読みなおす日本史)