2020年07月19日

招魂斎庭は超芸術の夢を見るか

 

坪内祐三「靖国 https://amzn.to/2WAUmIJ」の序文に、招魂斎庭が駐車場になった話が出てくる。

歴史をさかのぼれば、もともと「神社」には、常設の社殿というものはなく、何の変哲もない場所に神籬を立てて臨時の斎場にしていた。だから靖国の招魂斎場だって~云々と、神道について知ったかぶるのは簡単だが……やがて、結局のところ、常設の社殿が求められるようになったように、また、一度でも神が降り立ったという岩だの何だのにしめ縄を張って、その後も長らくありがたがる風潮は日本全国どこにだって見られるように、庶民の「感覚」は、そんな理屈通りのものでもあるまい。
GHQに弾圧される直前、ギリギリのところで、昭和聖帝ご親臨の下、史上最大の招魂・合祀が行われたというその「聖域」が、(神道原理的にはあくまで一時的な臨時の斎場だったと言っても)、縮小保存された上とはいえ、コンクリ敷きの駐車場になっているという現実には、あるインパクトを感じずにはいられない気はする。

靖国的なものに元来何の関心もなかったという坪内氏にしてからが、この事実には「衝撃」を受け、「靖国」執筆の動機になったという。
それは、(祭場などいつでもどこでも手軽に作れる臨時の便宜的なスペースにすぎないという)神道的論理に対する、単なる無知・無理解の表れにすぎない、のだろうか?
「招魂斎庭」という言葉を私は文字通り受け止めた。つまり死者たちの魂を招き寄せる庭であると。それが駐車場になっている。私は酷いと思った。まったく反射的に。
問題意識を持たずに偶然それを目にしたから、かえって衝撃を受けたのだろうか。何万、何十万、いや何百万人もの戦死者たちの「御魂」が招き寄せられた庭が、土地の有効利用のため、駐車場となっている。それはきわめて戦後的な光景だ。

こうした「光景」が「戦後的」なものであるというのが本当なら、それは何も靖国神社だけに限った話ではないことにもなるだろう。
むしろ戦後日本のどこにでも見られる、ありふれた普遍的な一般的な「日常」ではないのか。
「招魂斎庭」という”単なる”臨時の祭場に”すぎない”ものに「地霊」を感じるような中二病が、神道や靖国への無知・無理解にすぎないのだとしても、その無知・無理解が「衝撃」を受けるようなシュールな光景が、戦後日本にわりと普遍的に蔓延しているのだとしたら、それはそれで別の意味でやはり「問題」であるような気はする。

古川薫は「斜陽に立つ https://amzn.to/3eFv9mz」のなかで、乃木閣下の旧跡・痕跡が東京から次々消し去られていっている――乃木旧跡が六本木ヒルズに変貌している光景を、生々しく描きだしている。それが、「反日勢力」の意図的な工作の結果だというなら、むしろまだ救いがあるかもしれない。日本人自身の無神経や忘恩や堕落による自傷行為であるよりは、まだしも。(はたして、どちらなのか?)

東京だけでもない。

京都の世界遺産、醍醐寺の駐車場の片隅に、英霊の慰霊・顕彰碑が建っている。碑が駐車場に建っているというよりは、むしろ、もともと碑が建っていた場所の周りを潰して駐車場に変えたと言ったほうが、あるいは適切なのかもしれない(実際はどちらなのか知らない)。
碑自体が壊されなかっただけまだマシというべきではあるかもしれないが。
コロナ禍の直前まで、まさにその駐車場に大型バスの列を乗りつけてぞろぞろと降り立っていた観光客の、いったい幾ばくがあの碑の存在を気に留めていただろうか。
また、かくもっもともらしいことを書いてみせる当方の義憤のポーズもまた、所詮は一過性の偽善にすぎないとしてみれば、それも含めて「戦後的」というべきか。

駐車場といえば、やはり世界遺産の下鴨神社の糺の森も何だかずいぶん……なことになっている。世界遺産がどうのこうのというのは、寺社にとって、はたして本当に良いことなのか。
下鴨神社から歩いて行ける距離には京都御所があるが。その東に隣接する梨木神社の資金難が、参道をマンションに変貌させたことは、新聞沙汰にもなって有名だ。
世間ではパワースポットブームだか何だかで、神社参拝の作法が云々と、雑誌・書籍・TVなどがにぎわったが。そのお「作法」にしたがって、梨木神社の一の鳥居でお辞儀をすると、何だかずいぶん、シュールな絵面になるようだ。あれはもはやトマソンの域に達してはいまいか。
西の禁書目録:なぜか神社の中にマンションがある「梨木神社」
周辺住民からはマンション建設反対の声も上がったらしいが、資金難の神社にしてみれば、普段は知らん顔のくせにこんなときばかり勝手なことを言うなというところでもあっただろう。
靖国とは直接の関係はないが、やはり、このやるせない世知辛さには、「戦後的」な何かが骨がらみになっていないだろうか。
(下鴨神社はともかく、梨木神社の御祭神は三条実萬・実美父子であるからして、靖国神社の初期の御祭神とゆかりがまったく無いわけではないとも言って言えないことはないかもですが)

こんな例は東京や京都にかぎらず、日本中に、あるのかもしれない。
だから何だという話でもなく、別に結論めいたものがあるわけでもないのだけれど。。

日本を蝕む「戦後」が、国内のお花畑を置き去りに、国際的には大きな曲がり角にさしかかっているかもしれない今日この頃。
いろいろと見つめなおすべきものがありそうな気はしないでもない。わけです。。

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posted by 蘇芳 at 14:08|  L 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする