2020年04月28日

【動画】特攻隊員の遺書 + No.CFSK-0143「サンフランシスコ講和条約」


68年前の今日、昭和27年4月28日はサンフランシスコ講和条約効力発生の日。
guilalagappa中日映画社 から。





動画概要:
1)2010/08/08
動画の再生時間の都合で一部略させていただきました。
漢字、仮名遣いも一部修正させていただきました。

■ 海軍中尉 杉本芳樹 命
昭和20年6月15日 沖縄方面にて戦死
徳島県出身 京都帝国大学 24歳
海軍第14期飛行科予備学生

■ 海軍大尉 林 市造 命
昭和20年4月12日 南西諸島方面にて戦死
福岡県宗像郡赤間町出身 京都帝国大学
海軍第14期飛行科予備学生 23歳
鹿屋基地 元山空 第二七生隊 零戦21型 爆装25番 与論島東方の機動部隊

■ 陸軍大尉 枝 幹二 命
昭和20年6月6日 沖縄方面にて戦死
富山県出身 23歳
陸軍飛行学校特操縦2期生
知覧基地 第一六五振武隊 3式戦

■ 海軍大尉 植村眞久 命
昭和19年10月26日 比島海域にて戦死
東京都出身 立教大学卒 25歳
セブ基地 201空S305 神風特別攻撃隊大和隊 零戦 爆装25番 スリガ東方80浬

■ 海軍少佐 西田高光 命
昭和20年5月11日 南西諸島洋上にて戦死
大分県大野郡合川町出身 大分師範学校 22歳
海軍第13期飛行科予備学生
鹿屋基地 721空S306 第5筑波隊 零戦52型 爆装50番 沖縄周辺機動部隊索敵攻撃

2)2020/01/17
サンフランシスコ講和条約。

■■□―――――――――――――――――――□■■
この映像は、株式会社 中日映画社がお送りしています。
弊社は、昭和29年1月から平成7年3月まで、週刊時事ニュースの制作・配給をして参りました。
延べ150時間に及ぶ貴重なニュース映像をTV番組等に提供し、ご好評を頂いております。
2015年3月にHDリマスターが完了!
「こんな映像はないか?」等、どんなことでもお調べし、迅速対応させていただきます。

上の動画の最後に登場する西田高光命の言葉は、こちらで引用した、山岡荘八によるインタビューというかルポの中の発言。なので「遺書」というと違う気もしますが……有名かつ大事なエピソードではあるので、知っておいてくださいというところ。
このとき、命が口にされた「講和」が結ばれたのが、下の動画の昭和26年9月8日、サンフランシスコ会議。
条約批准の国内手続きが完了したのが、11月19日、昭和天皇御巡幸先の奈良においてでした。
そして迎えた翌年4月28日。
この「主権回復の日」がカレンダーに記載されることもなく、政府主催の式典もかつてたった一度行われただけ、という状況は、はたして、正常といえるのでしょうか?
Wikipedia:主権回復の日
(沖縄県民にとっては云々、というのも、本土復帰後の今となっては、敵に都合のいい分断工作にしかならないのでは?というところですしねぇ。。)

Amazon:
日本外交文書 サンフランシスコ平和条約 調印・発効
日本再起動―サンフランシスコ講和条約の真実 (Town Mook 日本および日本人シリーズ)
吉田茂という反省―憲法改正をしても、吉田茂の反省がなければ何も変わらない
いざさらば我はみくにの山桜―「学徒出陣五十周年」特別展の記録 (シリーズ・ふるさと靖国)
昭和天皇の御巡幸
写真集 昭和天皇巡幸 ---昭和二十一年〜二十九年
ラベル:大東亜戦争
posted by 蘇芳 at 14:20| 昭和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする