2020年03月22日

【動画】特別番組 今こそ左右の全体主義の検証を! 内藤陽介 江崎道朗


チャンネルくらら から。


動画概要:
2019/11/30
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左右の全体主義がNG。保守自由主義が必要、というのは江崎さんの年来の主張ですが。
ポーランドというのはドイツとソ連の両方に侵略された国であるうえに、ヤルタ合意で英米にも裏切られた国ですから、他の西洋諸国とはいろいろ違うモノが見えているのかもしれませんし、その国が日米戦争に関しても独特の見方をして、日本との連携を求めている(と江崎さんなどは言う)ことは、注目に値することのように思います。
(そのことの意味を肝心の日本の政治屋&官僚がサッパリ理解していないし、しようともしない、下手に理解したらむしろ全力で妨害しにかかってもおかしくない、というのが、反日国家ニッポンの惨たる現状……でなければよいのですが。。)

上の動画と直接の関係はありませんが。
左右両方の全体主義と戦ったといえば、日本では、最近、某産経から評伝https://amzn.to/2WKqD19が文庫化された河合栄治郎などを思い出します。
戦前は国家主義や二二六事件を批判して当局ににらまれ、戦後は左傾化した論壇にほぼ完全に無視された人のようですが。
そもそも昭和19年に早世したため、戦後左翼とも右翼とも論争の機会がなかったわけで……もし彼が戦後も生きていれば、何を思ったのか、語ったのか、知りたいような気もします。

と言いますのも。。

左右両方と戦った、といったところで。それでは単に「真ん中」なのかというと、そもそもすべての思想が一直線上に並ぶというような、そういう単線型の発想自体が貧困で。国家主義と共産主義に対して、河合的な自由主義は三角形的な立ち位置にあるとか何とか、レトリックといえばそれまでですが、本人はそんなことも書いていたようですし。
もっと端的に言うと、河合自身は、自由主義は社会主義である、とまで書いていたようです。
もっとも、ここでいう社会主義は凡百の社会主義とはそもそも根本からして立脚するテツガクが違いますから、本質的に別物と言うことにもなるのかもしれませんが。。
それでは河合的な自由主義から発展した社会主義というのは、ナンボのものだったのか?
全体主義に陥らない社会主義などというモノが脳内お花畑の妄想以外にありうるのか?

自称保守派の間では、一般論としてよく知られていることですし、江崎さんの「朝鮮戦争と日本・台湾「侵略」工作 https://amzn.to/3begSvZ」にも言及がありましたが、実際、日本においても、戦後まもない間は、社会党こそがマトモな愛国勢力だった時代が短期間ながらあったことは事実のようですし……
同時にそうした社会党が、(青年部・婦人部を中心に浸透工作を受けた結果)、急速に左傾化し、共産主義に飲み込まれたことも、江崎さんの同著が説明していたことでした。
社会主義が全体主義に陥ることは、偶発的で阻止可能なことなのか、不可避的で阻止不能な必然なのか。凡百の社会主義ではなく、「人格」の成長を最高価値として掲げる理想主義に立脚する河合的な社会主義であれば、どうだったのか。
河合自身にもっと生きて論争してほしかった気がします。

ちなみに……河合が傾倒したイギリスの思想家トーマス・ヒル・グリーンの思想自体、「リベラル」やフェビアン社会主義の源流にもなっていったとか何とか、wikiには書いてありました。
Wikipedia:トーマス・ヒル・グリーン - 政治思想
また自由を、放任されることによってではなく自己実現によって規定することで、公共性や社会政策と自由主義とを統一的に理論付け、当時の自由党に対して自由放任主義の放棄を主張し、現在の自己決定と公正を重視する「リベラル」な思想への自由主義の変化の源泉の一つとなった。こうしてグリーンは単に哲学者であるだけでなく、社会思想、政治思想においても影響力を発揮するのである。彼のこの面での活躍はレオナルド・ホブハウスの新自由主義やシドニー・ウェッブのフェビアン主義につながっていく。
フェビアン主義って普通の日本人はほぼ知らないと思いますし、当方も中身自体はさっぱり知りませんですが。
ただ、言葉としては目にしたことがあって。それがハミルトン・フィッシュの「ルーズベルトの開戦責任 https://amzn.to/3bg6eEV」でした。
ルーズベルト政権というのは無茶苦茶な社会主義政権、というよりむしろ端的にスターリンの手先・ソ連の工作機関みたいなものだったわけですが。その支持者たちの中に数多くの「フェビアン社会主義者」がいた、これはトンデモナイ話だ、という……否定的な文脈で登場していました。
「リベラル」の”うさんくささ”は今さら言うまでもないでしょう。
つまるところ、左右の全体主義と戦った河合栄治郎が、その理想主義哲学の立脚点としたグリーンの思想自体が、また別の全体主義の源流にもなっていった……のだとすれば、これまた皮肉な話で。
はたしてそれは、それら全体主義者たちの思想的劣弱のために陥った偶然的な誤謬にすぎず、河合やグリーンの思想の必然的な帰結ではなかった……のかどうなのか。わりと重い問いかけのようにも思うのですが。。
河合栄治郎もトーマス・ヒル・グリーンもそもそもろくすっぽ読まれてさえいない戦後日本では、所詮、言うだけ無駄というかムナシイのでしょうか。。
(せめて「学生に与う https://amzn.to/2J5YKIH」くらいはもう少し読まれてもいいような気もしますし。同時に、「学生に与う」一冊だけに終始することが、かえって河合の本質を見えにくくする煙幕にもなりかねない気がしないでもないような気もしないでもありません?)

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全体主義と闘った男 河合栄治郎
posted by 蘇芳 at 14:53| 昭和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする