2020年03月19日

【動画】長期世界視察で大久保利通が学んだこと【CGS 斎藤武夫 歴史の授業 第52回】


ChGrandStrategy から。


動画概要:
2020/03/18
今回は「岩倉使節団と富国強兵」について学びます。
明治4年、廃藩置県を成し遂げた政府一行は1年10ヶ月という今でも異例な長期に渡り海外視察に出掛けます。メンバーは岩倉具視、伊藤博文、木戸孝允ら。
100名を超える使節団の中から今回は副使・大久保利通にスポットを当てます。大久保は行く先々で何を見て、どう思い、何を日本に持ち帰ったのか?
近代化日本の第一歩が踏み出される瞬間を学びます。

西郷と大久保というと定型句のように並び称されますが。元々の個性はだいぶ違っていたようですし、明治以降は、政治的にもむしろ対立的な立場に立つようになっていきます。二人の間に決定的な認識の溝が生まれたとしたら、その大きな契機のひとつは、この外遊だったからかもしれません。当時の欧米列強≒世界支配を企む侵略うちゅー人的な何かの本国をその目で見てきた大久保と、実地には見ていない西郷と。そこに生じた懸隔は、実際のところ、どれほどのものだったのでしょうか。

留守政府で西郷が最も親しくしていたのは板垣退助といってもよいと思いますが。私的な交友はもちろん、公的な面においても、(以前にもこちらなどで葦津珍彦をチェックしましたが)、西南戦争と自由民権運動はパラレルな関係にあるとも言えそうです。
ちなみに西郷の南洲翁遺訓には、
租税を薄くして民を裕かにするは、即ち國力を養成する也。故に國家多端にして財用の足らざるを苦むとも、租税の定制を確守し、上を損じて下を虐たげぬもの也。能く古今の事跡を見よ。道の明かならざる世にして、財用の不足を苦む時は、必ず曲知小慧の俗吏を用ひ巧みに聚斂して一時の缺乏に給するを、理財に長ぜる良臣となし、手段を以て苛酷に民を虐たげるゆゑ、人民は苦惱に堪へ兼ね、聚斂を逃んと、自然譎詐狡猾に趣き、上下互に欺き、官民敵讐と成り、終に分崩離析に至るにあらずや。
との一節がありますが、これなどは民権派とも共通しうる見解に思えますし、それはまた、神谷さんも参加されたイノベーション・サミットにも通底する見識といっていいようにも思いますが……そういえばあのイベントにも(こちらなどで)民撰議院設立建白書が登場していましたね。筋道は通っていると思います。
つまるところ、大雑把には”明治”を礼賛する愛国者も、少し解像度を上げて明治の内実を見なおしてみれば、むしろ、明治政府の批判者にこそ共感者を見出すという……このあたりのねじれ方には自覚的であってよいように思います。

内政に関しては減税勢力の西郷・板垣に共感するとして、一方で、外交的な見識はどうでしょうか。
南洲翁遺訓の別の条項、おそらく有名度では一二を争うレベルで有名な一節は、
文明とは道の普く行はるゝを贊稱せる言にして、宮室の壯嚴、衣服の美麗、外觀の浮華を言ふには非ず。世人の唱ふる所、何が文明やら、何が野蠻やら些とも分らぬぞ。予嘗て或人と議論せしこと有り、西洋は野蠻ぢやと云ひしかば、否な文明ぞと爭ふ。否な野蠻ぢやと疊みかけしに、何とて夫れ程に申すにやと推せしゆゑ、實に文明ならば、未開の國に對しなば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導く可きに、左は無くして未開矇昧の國に對する程むごく殘忍の事を致し己れを利するは野蠻ぢやと申せしかば、其人口を莟めて言無かりきとて笑はれける。
ですが、こうした東洋の哲人風の道学的理想主義は、大久保の目にどのように映ったでしょうか。
大久保が、西洋の野蛮さを実地に見てきたがゆえに、その野蛮に伍して生き抜くべく危機感を募らせていたであろうとすれば、道学者然たる西郷のきれいごとは、確かに小気味良い批判ではあっても、実地の役には立たぬ超然的な絵空事と思えはしなったでしょうか。(評論家サマはお気楽でいいよな、的な。。)

実際、こうした西郷の理想主義の信奉者たちのなかからは、やがて、アジアの同胞たちに進んで「慈愛」の手を差し伸べ、「開明に導く」べく大陸に雄飛する、おせっかいなアジア主義の一群があらわれましたが……
彼らの道学的理想主義は、道義も人倫もクソクラエな大陸の「同胞」から、いかに都合よく利用され、あしらわれ、翻弄され、そして裏切られたことか。
彼らアジア主義者が肩入れする孫文のうさんくささを見抜いて、公的な支援を行わなかった政府のほうが、この点についてはまっとうな見識をもっていたというべきかもしれません。また、そもそも民権運動を経て憲法を制定したのちの、明治政府の世界に冠たる業績といえば、日清・日露の両戦役であって、つまるところ外交に属する領域ではなかったでしょうか。

まあ、さらに詳細に見ていけば、そんな単純に腑分けできるものでもないのかもしれませんが……

世人がざっくりと「明治の人はエラカッタ」と口にするとき、その”偉業”のバックボーンは、西郷・板垣の内政的見識にあるのか、むしろ大久保・政府の外交的見識に近いものなのか。軽く意識してみると、面白い気がしなくもありません。
(※前回の福沢諭吉についても、あらためて、そうした目線で見てみれば、西郷さんと親しかったゆえに、当初は金玉均らを支援するアジア主義的な立場を取っていたことが理解しやすくなるかもしれませんし……同時に、まもなくその姿勢を翻して脱亜論を唱えたところに、福沢一流の「知性」のカミソリ的切れ味を見て取ることができるかもしれません?)

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posted by 蘇芳 at 14:56|  L 「CGS 斎藤武夫 歴史の授業」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする