2020年01月19日

【動画】第5回 消された銅像 二宮尊徳のリーダーシップ 前編/後編【CGS 偉人伝】


ChGrandStrategy から。





動画概要:
1)2014/05/27 に公開
今回は二宮尊徳を紹介致します!
戦前は多くの小学校にあった二宮尊徳の銅像ですが、今は目にすることがなくなりました。
彼はどのような人物だったのでしょうか?

2)2014/06/03 に公開
引き続き二宮尊徳を紹介致します!
村についた二宮尊徳は、堕落したその村の村人の心をつかみました。
「率先垂範」が尊徳のリーダーシップのキーワードです。

さらっと「天保の大飢饉」が出てきましたが。
「天保」の元号をお使いになったのは仁孝天皇。
当ブログではわりとおなじみの光格天皇の御子であり、同時に、有名な幕末の孝明天皇の父帝でもあります。

光格天皇の御代にも天明の大飢饉があり、これが幕府の権威を失墜させ、朝廷の権威を回復するきっかけになったことは何度か触れてきましたが……
仁孝天皇の御代にもやはり飢饉があったわけですね。
天保の大飢饉は大塩平八郎の乱の原因にもなって、やはり幕府の権威をゆるがせます。

二宮尊徳の生年は天明7年。天明の大飢饉~御所千度参りのあったまさにその年。
没年は安政3年。いわゆる安政の大獄の2年くらい前でしょうか。

以上をチェックするだけでも、わりと激動の時代に生きた人物だったことがわかりますね。。

幕末。国政や外交のレベルで活躍したきらびやかな群像は、今なお曲がりなりにも語り継がれていますが。
それと同時に、「村」という、今でいう地方自治体レベルで、庶民生活の復興・改善に尽くした偉人がいたことも忘れるべきではないと言えそうです。
その偉人をしっかり語り伝えていた戦前と、忘却の淵に追いやろうとしている戦後。
「庶民」によりそう情緒や考え方が広く共有されていたのは、本当のところ、どちらの時代だったのか。
尊徳の銅像を排除する、戦後の教育空間を支配してきたイデオロギッシュな勢力こそ、「庶民」の敵というべきかもしれません?

もっとも、社会の改善を「偉人」に丸投げしてし、いわば政治の良否を統治者の「道徳」に還元してしまう思考方法は、こちらで引用した葦津珍彦のいう「王道思想」に類するものであるかもしれず、その得失は意識しておく必要があるかもしれません?
国王や王朝の官僚、封建的権力者に対する徹底的な不信の念は、近代民主主義の根本的な前提である。それは、たまたま権力の座にある特定の個人に対する反感や不信なのではない。人間は、たれであっても高い地位を得て、権力の座につけば、必ず利己的となり、権力を乱用し、専制に流れ、罪を犯すにちがいないと信ぜられている。罪の誘惑に対しては、宿命的にもろいのが人間の本質なのだと信ぜられている。このような深い人間不信の悲観的な人間観が、近代民主主義の前提になっている。
 これは東洋の王道思想などと、根本的に異るところである。王道思想では、国王や官僚は、天より政治をなすべき使命をうけたものであり、したがって王や官僚に正しい学問をはげませ、道徳を教えさえすれば、かれらは必ずや天の意にしたがって、正しい政治を行うだろうと期待される。それは、人間信頼の楽天的人間観を前提としている。
従来から、どうも、この動画シリーズは「りーだーしっぷ」へのこじつけが目立つ気がして、正直、違和感も強いのですが。。
その違和感が何に起因するのか、上に立つ者の道徳的な「りーだーしっぷ」の、可能性と限界の両方を、考えてみたいような気もするのです。まだうまく言語化はできないのですけどね。。

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posted by 蘇芳 at 15:14| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする