2020年01月16日

【動画】吉田松陰と維新の志士【CGS 斎藤武夫 歴史の授業 第44回】


ChGrandStrategy から。


動画概要:
2020/01/15 に公開
明治維新に多大なる影響を及ぼしたとされる吉田松陰。1857年に松下村塾を開き、数々の偉人たちを育てた松蔭。29歳という若さで処刑されてしまった彼の生涯に迫ります。
また松陰先生をこよなく愛す神谷が語る人間像も必見です!。

普段は聞き役に徹して、わりと無知を装ってんじゃないかとも思える神谷さんですがw
たまに語ると熱いですし、このシリーズでは特に本音を漏らす機会が多い気もします。
ある意味、斎藤先生の人徳ですかね。。
このシリーズの歴史観には個人的な趣味としては違和感を覚える点もないではないですが(奈良仏教の超絶高評価とか)、小学校の先生としては、人間的な部分も大事なのかとも思います。

先だってのこちらでもチラッと書いた通り、吉田松陰自身、塾の先生というわりに、授業・学問の内容以上に、本人の行動とか人間的魅力とかといった点で脚光を浴びがちな気もしないでもありませんし、それは神谷さんが言う「三人の師」についても同じかもしれません。
(「中朝事実」は明治末年に乃木閣下が迪宮殿下(後の昭和天皇)に献上したことが有名ですが、それでさえ、中身を読む機会はなかなか少ないですし、歴史書ならぬ山鹿流の兵学書ともなれば、なおさらお目にかかる機会は少ない気がします。もちろん、好事家は別ですが。山鹿流といえば忠臣蔵しか思い浮かばない人もいるかしら。今はもう忠臣蔵すら知らない日本人が増えてるか。。
佐久間象山にしても、「大河ドラマに出てくるヘンなオヂサン」の印象のほうが強くて、主張の中身にまで触れる機会は少ない気もします。
かろうじて、会沢正志斎は、名前すら知らないという人も多そうな一方で、水戸藩の関係がありますから、意外と、幕末維新関係の入門書でも、ごくまれに「新論」が部分引用されたりすることはありうるかしら?)

具体的な足跡・事績としては、わりと空回りもしていた松陰。生きて何事かを為したというよりは、死して後世に種を撒いたというべき気もしないでもないですが、そういう種の撒き方、間接的な影響・感化の与え方こそが、つまり、「教師」というものの大きな役割なのかもしれません?
松陰は長州五傑の先生だった分神格化されて目立ちますが……
松陰のような「教師」は、実は、松陰以外にも、また、長州以外にも、わりといろいろなところにたくさんいたような気はしないでもなく。橋本佐内(越前)、藤田東湖(水戸)、横井小楠(熊本)、緒方洪庵(備中)etc。その多士済々ぶりこそが幕末という時代の凄さのような気もしないでもありません。。

ちなみにどうでもいいですが個人的には何だかんだで幕末群像の中では定番のサイゴーさんが一周回って一番好きなのですが。
南洲先生も、子供の頃のケガでろくに刀がつかえない身体になったことから、武芸ではなく学問で身を立てることを志した人でした。大島や沖永良部に流されたときには、実際に子供たちや島民に勉学を教えたことがありますし、明治時代に下野してのちは私学校を開いた教育者でもあったわけで。
西南戦争で敗北して一時は逆賊の汚名を着せられはしますが、そこから民権運動が盛り上がって、憲法発布に至ってめでたく賊名を除かれるという……維新の功労者であるだけでなく、間接的には議会制民主主義の父でもあった。その原動力が何より 学 問 であったとするならば、(松陰からは全力で話が遠ざかって恐縮ですが)、ネットで怪気炎を吐く自称志士の皆さんも、ちょっと真面目に考えてみるべきことのような気もしないでもないのです。

Amazon:
[新訳]留魂録
[新釈]講孟余話 吉田松陰、かく語りき
吉田松陰『孫子評註』を読む 日本「兵学研究」の集大成
吉田松陰 武教全書講録
全一冊 小説 吉田松陰
吉田松陰 誇りを持って生きる!
吉田松陰と長州五傑
山鹿素行「中朝事実」を読む
posted by 蘇芳 at 15:40|  L 「CGS 斎藤武夫 歴史の授業」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする