2019年11月25日

回復すべき「からごころ」


国学は儒教の「からごころ」を厳しく批判するが。そのような批判を真に可能にする前提条件あるとすれば、それが徹底的な儒教研究であることは言うまでもないだろう。ミイラ取りがミイラになる。儒教に対する国学の、見事に理知的な批判自体が、実に儒教的な「からごころ」以外の何物でもないではないか、という逆批判は、当然にありうるし、当時からあったものらしい。

易姓革命の論理としての儒教・儒学に反社会的な毒が潜んでいることはおそらく間違いないだろう。国学にはその毒を薄める中和剤としての価値があることも間違いない。しかし、解毒剤は毒がなければ意味を失う、という意味で、批判の学としての国学は、儒教の存在に依存しているともいえるのではないか。
本居宣長の儒教批判は論理的で明晰で説得力があり、端的に言って「面白い」が、一転してこれが「やまとごころ」自体を語る段になると、とたんに曖昧で抽象的で詩的でとらえどころがなくなる。儒教は○○であるがゆえにダメだというのは「論理」だが、「やまとごころ」とは「朝日に匂ふ山櫻花」だというのは「詩」だ。
詩には論理とはまた別の独自の価値がある、と、いうのはいいが。それはつまり「詩」と「理」に「同じ価値」はないということを別の言葉で言いかえたにすぎない、とも言えよう。

国学が、儒教・儒学をいかに批判しこきおろしたとしたところで、それでは、国学自体が、儒教・儒学にかわるほどの道徳政治哲学を提供できたのかというと、サッパリだ。「もののあはれ」を知ることは政治闘争にかかわる者に自省・自制をうながしうるが、「もののあはれ」を知ったところで政敵を蹴落とす戦術を構築できるものではない(「もののあはれ」に訴える戦術を構築することはできるかもしれないし、それが儒教国家がプロパガンダの達人である理由の一つではあるかもしれないが、それは国学の業ではなくまさに儒学的な手練手管だろう)。
菅原道真の昔から、明治維新に至るまで、わが国の現実的な状況を動かしてきたテツガクは、結局のところ、「和魂漢才」であり「和魂洋才」だった。
国学と儒学は、二者択一の問題ではなく、(何ならそれを残念といってもいいが)、切磋琢磨と両立の関係にあるべきだし、あるほかはないのではないか。

江戸時代の基礎教養は儒教・儒学である。
官学・南学の別を問わず、子どもの頃に「論語」を素読させられなかった武士などいはしない。
幕末の志士などに国学の影響を自称する者たちがいたことは事実だろうが、彼らの国学理解そのものが儒学的教養の上に構築されていた可能性は否定できない。そもそも本居と平田では同じ国学を称していても本質的に異質だろう。死人に口なし、没後の門人とはよく言ったもので、もしも宣長が生きて平田篤胤に出会っていれば、むしろ後者の「からごころ」を批判した可能性さえあるのではないかと、個人的には心中密かに疑っている。この疑惑自体、別に目新しいものでもあるまい。

くりかえすが、江戸時代の基礎教養は儒教・儒学である。

後陽成天皇の慶長勅版に「日本書紀」が含まれている重要な事実は何度も指摘してきたが。その勅版「日本書紀」に序文を寄せているのは当代一流の儒学者であるし、そもそも慶長勅版には「書紀」以外に数々の漢籍古典が含まれている。
朱子学云々の決まり文句はもちろん、山崎闇斎、藤田東湖、頼山陽、などなど、幕末に討幕の原動力となった思想のルーツは基本的に儒学・儒教的なものだ。
【読書】徳富蘇峰「近世日本国民史 徳川幕府 (思想篇)」
【動画】豊国神社
慶長四年の立憲君主
仏教嫌ひの系譜
並び立たず
双つの「尊皇」
江戸時代の思想状況は、慶長勅版というその始まりから、討幕維新というその終わりまで、常に、儒教・儒学の強い影響下にあるといってよいのではないか。

当ブログでさんざんに引用をくりかえしている頼山陽の、
我が邦は君臣の義、万国に度越す。而るに西竺の説、これを壊り、これを土灰沙塵に帰して止む。而してその端を開く者は、厩戸・馬子なり。
という一節にしても、「西竺の説」に対する批判の立脚点はあくまで「君臣の義」であって、日本古来の神道であるとは(少なくとも第一義的には)書かれていない。
昨今の教科書には「神仏」習合だけが書かれていたり、明治の「神仏」分離をとやかく言ったり、江戸以前の「神仏」習合の復活を云々する向きもあるが、そも江戸時代の吉田神道は「神仏儒」習合であるし、垂加神道をはじめ討幕派に影響した過激な神道は往々にして「神儒」習合でさえある。

問題は、こうした「基礎教養としての儒教・儒学」の伝統が、現在では完全に喪失され、忘却さえされているため、江戸時代はもちろん、維新以降の近代史においてもまた、そこにあったはずの儒教・儒学的な教養・心性の影響や存在そのものが、私たちの目に見えにくくなっていることではないか。
明治の人はエラカッタ、と、誰もが言うが、明治の人を作ったのは江戸時代の教育であり、江戸時代の武士の教育のベースは、どうあがいたところで、儒学(儒学批判も含めて儒学的でありうることは冒頭触れた通り)だったのではないか。
そうした事情を、もちろん、私たちも知識として教わりはするが、皮膚感覚でそれを共有してはいない。小学校の必須科目に四書五経の素読はないのだ。

易姓革命の思想は確かに毒でもある。
そこから「解放」されたというのなら、それは一見するとよいことのようにも思われるかもしれない。
しかし、毒と同等かそれ以上に恐るべきは毒に対する無知であろう。
私たちの先人が、その毒にいかに毒されてきたのか、またはいかに薬に変えてきたのか、儒教・儒学の影響評価を行わずして、歴史に学ぶことなどできないのではないか。

そもそも、日本に易姓革命はなかった、というのは、どこまで本当だろうか。
確かに王朝は交代しなかった、天皇は万世一系である。しかし、権力者の「姓」は大伴や蘇我の昔から、藤氏、橘氏、平氏、源氏、と、くりかえし「易」わりつづけてきはしなかったか。
チャイナの王朝はすべて専制独裁、すなわち現実の政治権力の主体であり、その交代を命じるためには、抽象的な「天」を構想するほかなかったかもしれないが。
幸いにして万世一系の天皇をいただき、なおかつ比較的早い時期に「不親政」の伝統を確立しえたわが国においては、時の政権に過失があったとき、その交代を命じる一般意志としての「天」に相当する役割を、単なる抽象観念ではない、その体現者としての天皇に果たしていただくことが、可能だった。のではないか。
つまるところ、「一般意志」が「政権担当者」の交代を命ずるという構造・図式自体は、それなりに共通して当てはめることもできなくはないのではないか。
その図式をいかに表現するか、あとはレトリックの問題にすぎない。
政権は交代したが王朝は交代していないのだから易姓革命ではない、と、主張することもできる一方。王朝は交代していないが政権は交代してきた、問題はそのプロセスの「名前」ではなくメカニズムの解明だ、とも、主張できるはずではないか。
(日本に易姓革命はない、ない、ないったらない、と、言い張るだけより、日本において王朝交代が起こらず王朝の下での政権交代に終始しえた理由は「天」に相当する機能をお果たしになられた天皇の御存在であり、天皇こそはわが国政治的安定の絶対的かつ最終的な根拠である、と言った方が、よほど天皇・皇室の現実的なありがたみがわかりやすい気もしないでもない。)

戦前の売国奴、北一輝でさえ、社会主義革命に天皇の政治利用が必要と考えた(だからこそ北は国賊なのでもあるが)。
統制派の池田純久は、戦後の座談会で、自分たちの念願を一君万民の「社会主義天皇制」であると語ったという。
社会主義・共産主義の「革命」でさえ、(少なくともそれを達成するまでの期間、国民を欺くブラフとしては)、天皇という「天」を必要としたのが、戦前までの日本の社会的通念(を根底的に支配する「空気」)だったのかもしれない。

あるいは、わが国は天皇を「天」の体現者とすることによって、儒教・儒学を、王朝交代ではなく政権交代の思想として限定することに成功してきた、と言ってもいいかもしれない。
裏を返せば、そうした儒教・儒学的なメカニズムを失っては、まともな政権交代など起こしえないのが、わが国の政治的精神的土壌でもあるのかもしれないし、その弊害の現実的な現れこそ、ともすれば与野党官僚なれ合いの「55年体制」の永続に帰結してしまいがちな、政治屋の醜態であるかもしれない。
安倍政権が日に日に親中売国の傾斜を強めつつある昨今。健全な政権交代の論理を取り戻すためにも、失われた儒学的教養を見つめ直すことは必要な気もする。もっとも、そんな悠長なことをやっている時間が、あとどれほど残されているのか、当方などにはわからないが。。

取り戻すべきは「やまとごころ」か「からごころ」か。
むしろ、人が「やまとごころ」と呼ぶものの実態は、実は「からごころ」に相当程度侵されてもいるのではないか。
だからダメだと排除するのではなく、むしろ、(それが「やまとごころ」という制御装置を伴う「からごころ」でありうるのなら)、だからこそ、それを回復すべきと云うべきなのかもしれない。

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posted by 蘇芳 at 15:34| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする