2019年11月19日

「幻想」の古代



葦津珍彦を読んでいたら次の文章に出くわして共感した。
かれらが博学知識をもって説くように、古神道が必ずしも皇室神道一本ではなくして、多様多彩な、あらゆる要素をもつ原始宗教であって、地方分散的な宗教であったということが事実だとしても、二十世紀の日本の神道が、原始のままの情況に戻ることに、なんの今日的意味があるのか。
その国の歩みは、後世人から自由な批評をするとすれば、必ずしもベストのコースを進んだとは云いがたいこともあっただろう。しかし、それは、その時代における明白な進歩であり、その進歩なくして無為に終っておれば、日本国のその後の発展は、ありえなかったであろう。
民俗学の徒が「神道は皇室から解放された道を進むべきだ」と云うのは、少なくとも一千三百年の民族の精神の苦闘変遷の発展史をゼロとし、空白化して、皇室による国民精神統合以前の情況に逆戻りさせることに外ならないのではないか。それは歴史の変遷、継続、発展の意味を無視し、特に占領下においては、統一国家に必要な国民精神を空白化し混乱させるほかにない。

これは何も「古神道」や「民俗学」に限った話でもない。
客観的に証明不可能な幻想の古代を手前勝手に構想し、それを絶対の規範に祀り上げ、その勝手な規範に照らして、現代を批判・否定・攻撃する手口というのは、(古代チャイナに実在したと何の証拠もなく勝手に構想される)「聖賢の道」の昔から、腹に一物の卑しい勢力によって、手を変え品を変えてくりかえされてきたことだろう。
近現代におけるそうした「幻想の古代」の代表格は「原始共産制」であるかもしれない。
そういえば、一時期「森の文明」とかいう古代幻想で流行した、自称テツガク者のセンセイも、長年、共産党の皆さんとナカヨク政治集会を満喫あそばされていたようだ。
九条の会:「九条の会」呼びかけ人・9人のプロフィール
しんぶん赤旗:「九条の会」 ビデオに-梅原猛さんがメッセージ
さもありなんというべきか。

こうした「民族の精神の苦闘変遷の発展史をゼロとし、空白化」せんとする企ては、必ずしも、わかりやすい政治的装いであらわれるとはかぎらない。
「森の文明」も「民俗学」も「古神道」も、その他その他も、むしろ一見すると「歴史」や「伝統」を尊重しているかのように見せかける偽装をまとっている。善良な一般市民は、手もなく騙されることも多い。
しかし、考えてみるといい。
無限遠点の過去に、手前勝手なユートピアを妄想し、そのユートピアを実現していないという理由で現在ただいまの国家を非難し断罪する……という、そんな彼らの「方法」の中に、本当のところ、「歴史」などというものが存在する余地があるだろうか?
何となれば、無限遠点の過去と現代を「直結」する。そのとき、その「間」の出来事は必然的に無化されざるをえない。「古代」と「現代」の間にある長い長い「苦闘変遷」の「歴史」は、葦津の言う通り「ゼロとし、空白化」される。そこに歴史はない。せいぜい政治的に都合のよい物語が、その「空白」を埋めるためにあらたに捏造されるだけだ。それはむしろ歴史への冒涜であり、先人の歩みへの嘲罵であるにすぎない。
(そもそも、無限遠点の過去の事実が確証不可能なものである以上、その非難の根拠は、過去の史実などではなく、ユートピアをデザインした思想家のイデオロギー以外の何物でもありえないのではないか?)

パワースポットブームやら御朱印ブームやら、あるいは御代がわりに伴う大嘗祭をはじめ皇室祭祀への関心の高まりなどもあってか、皇室関係、神社・神道関係の出版は、相次いでいる。
しかし、一般向けの入門書の体裁をとったそれらの著者のプロフィールを見ると、首をかしげざるをえないものも多い。
スピリチュアルの人だったり、それこそ古神道の人だったり、かなり特殊な教派神道……平たくいえば神道「系」の新興宗教の関係者がかなり目立つような気がする。
以下、Amazonの、神社・神道系の入門的な本から、”それらしい”著者略歴をいくつかピックアップしてみる。
東洋思想研究家。東京生まれ。陰陽説・五行説など東洋哲理の粋を集めたといわれる古代中国の戦略学『万象学』の18代宗家。神道、仏教、道教などの信仰にも通じ、わかりやすく深みのある言葉は、触れる人に気づきをもたらし、幸せにしてしまう。
18歳の時に肺結核を患い仮死状態になるが奇瑞によって回復、その後修行中に失明者を癒す体験などを経て神道修行に入る。1949年(昭和24年)、明治天皇外戚家中山忠徳の猶子として山蔭神道家第79代を相続する。1966年(昭和41年)、宗教法人山蔭神道を設立、管長となる。
普通の高校生として過ごしていた15歳のある日、北極老人に出会う。9つの流派を極め、5万件以上の鑑定歴を持つ北極老人から「北極流」を受け継ぎ、生年月日、手相、風水、方位、姓名判断などのさまざまな占いをマスター。また、日本各地の神社の秘密を口伝によって、のべ数千時間にわたって習得。現在は、北極老人の一門によって設立されたグレイトティーチャー株式会社の占い師として活動。
彼らの信仰の詳細、真偽や是非については関知しないが、いわゆる普通の一般的な神社神道とは必ずしも同じではない、ということは、事前にわきまえておくべきだろう。
堂々と「古神道」と銘打っていればまだしも、普通に「神道」を名乗ってさも一般的な入門書ですよーと装っている場合も少なくないので、なおさらだ。出版社だって、わりと名の通った大手だったりもする。
(JTBの神社旅行のガイド本を、「古代中国の戦略学『万象学』の18代宗家」が書いていると、普通、一般読者は思うだろうか?)

はなはだしい場合には、「日本」の「神道」の入門書を、なぜか、「東洋」「仏教」の専門家が書いていたりする例もあるようだ。
早稲田大学大学院修了。東洋哲学専攻。仏教・インド関係の研究、執筆を行い現在に至る。
お経の本ならそれでもいいが、祝詞の本くらいは、神道学の人に頼めばよさそうなものだ、と、私などは思うのだが、あるいはそれは私だけの非常識で奇矯な考えであって、世間一般的には、仏教の人が神道の本もついでに書いておくのが、異とするにも足らぬ、至極当たり前のことなのだろうか?
以下はカスタマーレビューだが、
祝詞のやさしい解説を思わせる表題を付けていますが、神社新報社の刊行物や幾つかの神社から入手した祭文に現代語訳と若干の注釈を加えただけで、祝詞の解説は本書の半分以下です。祭文にどの様な祈りのこころを込められているのか、祝詞の本質についての解説がありません。最初に神社に関する総論的な話を書いて居ますが、個人的信条を基にしてある特定の部分だけを取り上げた「独自研究」と謂うべき偏った内容で、寧ろこちらの方に力が入っている様な印象を受けます。
本書に曰く、

>しかし、この極めて集権的な思惑で作られた国家神道は、多神教であるはずの日本の神々の信仰を一神教にしてしまった。そして、そのことが日清戦争や日露戦争、ひいては太平洋戦争を戦う国家としての原動力となった。とくに太平洋戦争はイスラム教のジハード(聖戦)とまったく変わらない様相を呈したのである。
>明治二年(一八六九)に創祀された靖国神社も、国家神道を象徴する存在だ。

だそうだ。著者の政治性を明らかにする自己紹介としては優れた一文いうべきか。
という☆1の一方で、無邪気に☆5(https://amzn.to/2QvSdMn)をつけている人もかなり目立つ。

思想信条は自由だが、それも「事実」を踏まえるという、大前提の上でのことだろう。しかしまさにその「歴史」という「事実」に対して、これら著者たちはどのていど誠実でありうるだろうか?

折からのナントカブームで神道に興味を持ってこれから学ぼうという人は要注意。何を読むかが今後を決める岐路のような気もするが。何しろこれから学ぼうというのだから、良書を見分ける能力もないわけだ。先達にオススメを教えてもらうことはできるが、その先達が何者であるか、信用に値するか。結局、問題をくりのべることにしかならない。
もちろん、入門書選びにさいして、著者が国学館や皇學館の学識経験者だったり、出版社が神社新報社などだったりすることを確認しておけば、信頼できる確率は上がるだろうが。入門者はなかなかそこまでやろうとしないし、そんな大学や出版社の存在をそもそも意識していない可能性も高い。また、信頼できる専門家の著書は、往々にして、入門者には敷居が高い場合もあるだろう。
さらに付け加えるなら、デュープスはどこにでもいるのだから、どんな専門家の信頼性も、当たり前といえば当たり前だが、決して絶対ではない。こちらでいう「こじらせ系」は堂々たる「専門家」だ。(浸透工作を行う「敵」にしてみれば、影響力の大きい専門家こそ、もっとも重要な攻略対象であって不思議はない)

まあ、四の五の言っても仕方無い。習うより倣え。「入門」だけで立ち止まらず、いろいろ読んでリテラシーを高めるしかないのだろうし、その過程で、一度や二度は痛い目をみるしかないのだろうか。。

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ラベル:神道 葦津珍彦
posted by 蘇芳 at 16:09| 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする