2019年09月17日

【動画】大阪護國神社


アキーラ国際情勢チャンネルAKIRA ChannelOsaka Japan大阪観光チャンネルはとらずチャンネル から。











動画概要:
1)2015/08/17 に公開
平成27年(2015年)8月中旬に大阪を再訪した際に、大阪護国神社を再訪。中には先の大戦で亡くなられた大阪の部隊所属の英霊の方々が祀られており、慰霊碑、鎮魂碑等があります。
この辺りは住之江競艇場と公園があり、今回は住之江公園を散策してみた。­敷地はわりと広く、人々の憩いの場になっている。

2)2015/08/15 に公開
大阪護國神社では、盆踊りが盛大に行われておりました。英霊に感謝。大阪市営地下鉄 住之江公園駅から徒歩0分の場所にあります。真横は住之江競艇です。パワースポットです。

3)2018/03/27 に公開
音楽:「悠久の願い」 作曲:秋月圭介

4)2015/02/11 に公開
大阪護國神社は、大阪府大阪市住之江区にある神社(護国神社)である。住之江公園および住之江競艇場に隣接している。正面鳥居は大阪府で最大の鳥居である。

大阪府出身ならびに縁故の殉国の英霊を追悼する大阪護国神社。昭和40年、終戦二十年を記念して斎行された「みたままつり」などが有名で、毎年お盆の二日間、境内に奉献の提灯を数千灯ほどかかげ、灯りをともして御祭神をお慰め申し上げます。また、皇室の御崇敬は極めて厚く、各宮殿下のご参拝も多く賜っています。厄除祈願祭をはじめ結婚式、安産、初宮、七五三、交通安全、地鎮祭、上棟祭、竣功祭、慰霊祭、年祭等の各種祈願も承っております。お気軽にお申し込み下さい。
大阪護國神社
Wikipedia:大阪護國神社

靖国神社や護国神社の前身となった「招魂社」はもともと、長州発祥の神社(?)です。
Wikipedia:招魂社
神社神道のなかでの位置づけも曖昧な、かなりローカルな新興の祭祀形態だったわけで、それが全国に波及するには、相応のきっかけが必要だったでしょう。
もちろん、その最大のきっかけは戊辰の役の勝利でしょうが、対外戦争とは違って国内を二分する内戦ですし、地域によっては心理的に複雑なものも尾を引いたことでしょう。また、勝ったにせよ負けたにせよ、実際に戦場となった府県と、そうでもない府県とでは、やはり、そもそもの温度差というものもあったかもしれません。

幕末にテロやクーデターの舞台となった京都には明治天皇の勅諚もあり、東北には戊辰の役、九州~中国地方には明治初期の士族反乱など、国内的な事情が、護国神社の成立史にもそれなりの影響を及ぼしているように思いますが……
そこまで直接的に国内の騒乱の主舞台にならなかった府県が「英霊」を意識するようになるのは、やはり、日清戦争以後、日本が一丸となって安全保障上の脅威から祖国を防衛するようになった、対外戦争の時代を迎えてからだったかもしれません。

今回の大阪の場合、大阪城は幕府側の西国拠点であり、鳥羽伏見の戦いに敗れた幕府軍が後退して態勢を立て直した場所でもありますから、間違いなく、幕末維新の舞台のひとつでもあるのですが……
しかしその直後、肝心の総大将・将軍慶喜が、味方を「見捨て」て「逃げだした」、といういわゆる敵前逃亡の有名な逸話を残してしまいます。結果、幸か不幸か、大阪そのものは、幕末史の記憶に残る激戦地ということにはならなかったというか、どうにも不完全燃焼な黒歴史の舞台になってしまったかもしれません。

だからというわけでもないのでしょうが……

内戦の戦没者慰霊には必ずしも府民あげて積極的、というわけでもなかったのでしょうか。
明治大正期を通じて、大阪府では、招魂社は長らく建立されることなく、官軍戦没者の慰霊・祭祀は、中之島公園や陸軍の練兵場にその都度臨時の祭壇を設けて行われていたそうです。(練兵場には一時期、招魂社があったような話もwikiには載っているようですが、それも大正期には廃絶していたとか)

そんな大阪で戦没者慰霊・顕彰の必要性があらためて強く意識され、神社創建の機運が盛り上がるのは、(「全国護国神社巡拝ガイドブックhttps://amzn.to/2V2P4DR」の記述によれば)、ようやく昭和十二年になってからのこと。実際に現在地に社殿が建立され、神社の創建を迎えたのは、昭和十五年五月のことだったとか。例の内務省令の翌年ですね。つまるところ、「招魂社」時代を持たない、最初から「護国神社」としてスタートした護国神社ということでしょうか。

昭和十二年というと、盧溝橋事件、通州事件、上海事変、正定事件、南京攻略などがあった、いわゆる支那事変勃発の年。
その前年には二二六事件が起きて、高橋是清が殺され、皇道派が失脚し、社会主義者たちの念願した「統制」的な社会体制へ向けて、日本政治がポイント・オブ・ノーリターンを超えてしまってもいました。
ある意味、運命の分岐点ともいえる時期でしたが……
その過酷な運命は、現世的なナニワの商人気質をさえ、護国の英霊祭祀へと目覚めさせるほどのインパクトを持っていたのでしょうか。

大阪護国神社の境内には、仁徳天皇(GHQ対策?)と東郷平八郎という一見すると変わった組み合わせの御祭神を祀る「奉安殿」や、御祭神の親族などゆかりのある方々のみたまを祀る祖霊社「ほまれの宮」など、全国的に見ても珍しいお社もあるそうで……
創建自体は遅めだったかもしれませんが、ひとたび火がつけば、熱心にひたむきに祭祀を守りつづけてきた護国神社であり、府民だったのかもしれません?

ソロモンの大空に果てし兄追ひて我も散らんぞ南の空に (石田三郎 海軍一等飛行兵曹)
靖国の庭に競へる若桜我も後れじ散りて開かん (井辰勉 海軍乙種飛行予科練習生)
故郷のやさしき母を偲びつゝ空の御楯と吾は征きなむ (巽精造 陸軍大尉)
大君の御楯といで征くちりひぢの数にもあらぬ我が身にしあれど (毛利理 陸軍大尉)
男一度 海行かば 命もいらぬ 名もいらぬ 恐れてなるか 海の中 俺の最後は 此所だぞと 決めて見上げる 軍艦旗 (辻富雄 海軍少佐)

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ラベル:護国神社
posted by 蘇芳 at 01:37|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする