2019年09月08日

【動画】[京都二十四節気] 白露


N.a. から。


動画概要:
2013/01/30 に公開
◆白露(はくろ)
大気が冷えて来て、露ができはじめる頃
新暦9月7日~22日頃


露草~白露の自然~
秋の明け方は気温が下がり、空気中の水蒸気が凝結して露が降りやすくなります。
この「朝露」は、日差しとともに消えてしまうことから、古来、儚いもののたとえとされてきました。路傍で可憐な花を咲かせる「露草」は、朝開き、日差しとともにしぼんでしまいます。その儚さが朝露を連想させるとして、「露草」と名付けられたという説があります。
露草の色素は水にあうと跡形もなく消えることから、染物の下絵を描く絵具として使われました。古くは「月草」とも呼ばれ、人の心と同様に「移ろいやすいもの」として、多くの和歌に詠まれています。

中秋の名月~白露の暮らし~
旧暦8月15日の月(十五夜の月)は「中秋の名月」と呼ばれ、昔からその美しさが愛でられてきました。
京都には、この夜、紅絹(もみ)の小裂(こぎれ)で糠袋(ぬかぶくろ)を縫う習わしがあります。月明かりを頼りに縫うと、裁縫が上達すると言い伝えられてきました。糠袋とは米糠を入れる小袋で、石鹸がなかった時代、顔や体を洗う道具として使われました。特に紅花染めの絹(紅絹)で作った糠袋は洗顔すると肌が美しくなるといわれ、重宝されたようです。
女性たちは、完璧な月に様々な祈りを込めていたのかもしれません。

Present by 京福電気鉄道(株)(制作2010年9月)

月見というと、一般的にはススキと団子とウサギですが。
わりとすべて豪快にスルーされているのがいっそすがすがしいくらいの動画ですな(´・ω・`)
当方もン十年ほどは京都人やってますが、糠袋云々というのは初めて聞きました。
そらそんな暗いところで縫物ができればそれはつまり上手い人でしょうという気がしないこともありませんが。。
いろいろな風習があるものですなー

それはさておき、古来、日本の暦というのは農事暦でもあったわけで、秋というのはそろそろ実りの季節。
お月見のススキも、稲穂の代用というか、稲穂に見立てたものだと言われているようで……
フラワーギフトの日比谷花壇:十五夜(中秋の名月)のすすきの意味は?お月見のお供え物について
月の満ち欠けなどを用いて暦を計算した旧暦では、人々の生活と月は密接につながっていました。特に農作業に従事する人々は欠けたところのない満月を豊穣の象徴とし、秋の収穫の感謝を込めて芋や豆などの収穫物を月に供えました。しかし、稲穂はまだ穂が実る前の時期であることから、穂の出たすすきを稲穂に見立てて飾ったと言われています。
つまるところ、豊作を願う、予祝儀礼の一種ということにもなるでしょうか。
しかもこの場合、月にお供えをするということで、つまるところ、月=カミサマという構図にもなるようです。

柳田国男は、一見すると千差万別、やっていることがテンデバラバラに見えるあらゆるお祭りにも、お祭りというからには、必ず行われる共通の行為、すなわち「神様に食事をさしあげる」という行為があり、それこそ日本の祭の本質だと述べています。https://amzn.to/2LBLU5G
ならば、月に農産物をお供えする、ということは、つまり月を神として祀っていることにも、なるはずではないしょうか。

しかし、その神様というのは、どういう神様なのでしょうね?

記紀の世界で月の神様といえば、月読命ですが。
記紀のなかでも大きな役割を果たすわけでもない、登場する場面すら極端に少ない神様です。
月読命を祀った神社というのもあるにはあるのですが、式内大社の主祭神としていくらでも……というほどメジャーな御祭神でもないような気がしなくもなく、三貴子の一柱でありながら、不思議なほど影が薄い神様のようにも思います。

農家の人たちがいちいちそんな地味な神様の名前を意識していたとも思いにくい気がしますが……

月の満ち欠けに基づいて暦を作り、文字通り「月」を「読」んで生活の目安にしてきたのが、民族の歴史でもあったとすれば、私たちの先祖たちの間に、月への親しみや畏怖や崇拝が、なかったとも思えません。あるいはそれは、現代の私たちが思う以上に、強いものでもありえたのではないでしょうか?

つけくわえると、いつのころからか、月にはウサギが住むということにもなって、月見にもウサギのイメージが付随するようにもなりましたが、このウサギはどこから湧いてきたんだ、といいますと……ここにもやはり「餅」が出てきますから、収穫祭・豊穣の予祝という話と、どこかではつながってくるのかもしれません。
Today's Trend News:お月見うさぎの由来は?なぜ餅つきしているの?

月が豊穣の神であり、つまるところ農耕神でもあったとすれば……長年、農耕民族として自らを(農耕従事者以外もわりといたとかいう実態とはまた別に)規定してきた日本民族にとって、相当に重要な神様であってもよさそうな気もしてきますし、記紀における月神の扱いの小ささのほうが、むしろ不自然な謎ともいうべきでしょうか。(実際、古代、もっとも重要だったのは月読命だったのに、「天皇家」の思惑で矮小化され隠蔽されてしまった~~くらいのことを言い立てるスピリチュアルな人などは、探せばどこかには見つかるかもしれません?)

まあ、そんな詮索は暇な学者先生にでもまかせておくとして、「なにごとのおはしますか」は知らなくとも、そこに何か神秘的なものの存在を感じ、その存在をもてなし、喜ばせるためには、食事をさしあげるのが一番だと……私たちのご先祖たちは、素朴に信じ、行ってきたのでしょうか。
そうした先人たちの感性こそが、民俗文化の本質であって、したがってそこでお祀りされる神様も「月読命」という人格神であるより、むしろ、素朴なありのままの「お月さま」であれば十分なのかもしれません?

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はじめてふれる日本の二十四節気・七十二候〈3〉秋―菊花開く
二十四節気の京都 観る、知る、食べる、歩く
日本の祭
ツクヨミ 秘された神
posted by 蘇芳 at 01:24|  L 「京都二十四節気」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする