2019年08月26日

【動画】奈良県護国神社


奈良テレビチャンネルKirakuni-Bikelifedokotonaku から。











動画概要:
1)2017/08/15 に公開
2017/8/15

2)2017/03/20 に公開
2017/3/20

3)2012/01/06 に公開
奈良県護国神社を参拝しました
(手抜きモザイクですいません)

創建:昭和17年(1942年)
所在地:奈良県奈良市

weblog:「気楽にバイクライフ」
http://nmtr220.blog66.fc2.com/blog-entry-169.html

4)2010/11/15 に公開
奈良県護国神社
Wikipedia:奈良県護国神社
奈良県神道青年会:奈良県護国神社
靖國の祈り:奈良縣護國神社

奈良県というと古代の都ではあるのですが、江戸時代にもなると今ひとつ印象が薄いというか、そもそも「藩」の名前が思い浮かびません💧
軽く調べてみると、わりと多くの小さい藩が群居していたようですね。
Wikipedia:大和国 - 江戸時代の藩
御三家の水戸やら、薩長土肥の西南雄藩やら、会津を含む奥羽列藩やらの錚々たる面々に比べれば、やはりどうにも何というか。

しかしそこはそれ、初代天皇即位の地でもあり、あをによしの古都でもあるわけで、(後者は仏教がらみなので江戸の尊皇家的には微妙だったかもしれませんが)、尊攘派の志士にとっても無視できない土地柄。幕末の動乱の中でも、文久三年、三条実美ら尊攘派公卿の主導で、神武天皇陵御親拝を主眼とする孝明天皇の大和国行幸が計画され、これがある事件の発端ともなりました。
Wikipedia:天誅組の変
三条らの失脚(八月十八日の政変)によって、行幸計画も立ち消えとなり、結果的に、梯子を外される形になった天誅組は、鎮圧され、壊滅するに至りますが……
文久三年といえば長州では馬関戦争が起こり高杉晋作の奇兵隊が結成され、薩摩では薩英戦争が起きた年。いわゆる西南雄藩が討幕の意思を固めるのは、ようやくまだこれからというところ。彼らに先駆けて「討幕」を掲げた天誅組の決起は、「義挙」として志士たちに有形無形の影響を与えずにいなかったかもしれません。
ちなみにこれを以てして、現在、奈良県五條市では「明治維新発祥の地」を名乗ったりもしているようです。
五條市:明治維新発祥の地

閑話休題。前振りが長くなりましたが……
そんなお国柄ですから、戊辰の役をはじめとする、幕末~明治の動乱にも、奈良県出身の官軍参加者・戦没者というのは多々あったわけでしょう。これまで見てきた各地の護国神社の通例からすれば、奈良県出身官軍戦没者のみたまを祀る招魂社が、藩主の主導で創建されてもよさそうなものですが……上で見たように、奈良県全体をカバーする大大名・大藩というのは、大和国にはなかったようで、護国神社創建に至る経緯も、若干、独特なルートになったかもしれません?

廃藩置県以前の各藩による招魂については、素人がちょっと調べたくらいでは、よくわかりません💧
奈良県ができて以後は、同県出身戦没者の「慰霊祭」が、奈良市飛火野(奈良公園)の浄地で行われていたとか。
しかし、常設の招魂社は、明治・大正を通じて、建立されるに至らなかったようです?
やがて昭和十四年、例の内務省令によって、各地の招魂社が護国神社へと脱皮していくことになると、ようやく、奈良県においても「県」の護国神社創建の機運が高まり、昭和十七年、現在地に社殿を建立、神社の創建となったと言います。

古都・奈良といえば、神社仏閣の宝庫。神社だけに限定しても、大神神社・春日大社・石上神宮・丹生川上神社・大和大国魂神社・龍田神社・廣瀬神社etcetcetcと、記紀に由来したり登場したりするような有名どころが枚挙に暇もありませんし、明治創建の橿原神宮も外せません。
それらに比べれば、護国神社は、はるかに目立たない、観光地としての知名度も低い神社かもしれませんが……
国に命を捧げた英霊、現在を生きる私たちと直接血のつながったご先祖様をお祀りする神社です。奈良に行く機会があり、時間の余裕があるのであれば、(奈良に限らずどこの県にでかけるときでも)、参拝してみても罰は当たらないのではないでしょうか。

上の動画にもあるように、椿の名所として知られているようでもありますし、もちろん、そこはそれ護国神社ですから、椿だけでなく、桜のスポットでもあるようですから……
靖國の祈り:日本の桜/奈良縣護國神社
何も肩肘をはるばかりが能でもなし、花を目当てに訪れてみるだけでも、悪くはないかもしれませんね。。

以下、例によって「大東亜戦争詩文集https://amzn.to/2Jwi69w」から、奈良県出身英霊の詠草いくつか。
君のため尽す命はをしまねど唯気にかかる国のゆくすゑ (福山正道 海軍中尉)
大君の御楯となりて敵艦に轟音と共に我は散りゆく (船越治 海軍二等飛行兵曹)
雲湧きて流るゝはての青空のその青の上わが死に所 (古川正宗 海軍中尉)
このほか、奈良県から学徒出陣しルソン島で散華された深瀬文一命にはそれこそ「天誅組野崎主計先生を憶ふ(二首)」と詞書きした歌なども遺されているようです。
山の辺の紅葉静かに散らふなべ汝が悲しみは極まりにけむ
苦しびを独り耐へつつゆゆしくも腹切りにけむ思へば悲しも
さらに同君には南朝の護良親王を偲んだ歌もあるようで……実に奈良県ですねというところ。

奈良県といえば、上の動画のどこかには境内に「海行かば」の詩が掲げられていたりもしましたが……ある意味、大伴家持も奈良県民でしょうかw
奈良県護国神社の所在する高円山はいわゆる「山の辺の道」の途次に位置するとか。
近代日本の防人たちに感謝の誠を捧げつつ……皇国の悠久の歴史や、万葉集に歌われた防人たちに思いをはせてみるのもよいかもしれません?

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ラベル:護国神社
posted by 蘇芳 at 02:09|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする