2019年08月21日

【動画】特別番組!靖国神社を語る 高森明勅 倉山満


チャンネルくらら から。


動画概要:
2015/08/14 に公開
終戦記念日前日に配信します!首相の靖国参拝が問題になったのは、宮司を激怒させたあの元総理のせい!

高森明勅氏といえば女系(雑系)論の「国賊」としても有名。
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「パパママ双系」でしたか? 事実であれば確かに問題だと思いますが。
皇位継承の掟については、中川八洋や竹田恒泰、ついでにクラヤマミツルなどを優先して読み、それでけっこう間に合ってしまったので、高森氏の主張については後回しというか、評判の悪い○○本をわざわざ読む気にもなれませんでした(論争でもするなら「敵」の主張を把握する必要はあるでしょうが、当方、あくまで一般読者。知るべきことを知りたいだけ)。ので、氏の女系論の正誤については今のところ何とも言えません。保留。
一方で高森氏といえば、靖國神社崇敬奉賛会の勉強会などにも深くかかわっている人物だそうで。とりあえず、上の動画でも、さほどおかしなことは言っていないというか、靖國をめぐる「問題」の総まくりとしてなら、とりあえず視聴しておいてもよさそうではあるでしょうか。

今、言葉のあやで「問題」といいましたが……

いわゆる靖國「問題」と言われているもののほとんどは、靖国自身の問題ではありません。単なる卑劣な言いがかりであり、靖國自身には何の問題もない。徹頭徹尾、ありもしない問題をでっちあげる敵国の内政干渉と、その敵国に阿諛追従する国内政治家(左翼はもちろん、似非保守&劣化保守も含めて)の問題であるにすぎません。
上の動画でも盛んに「本末転倒」の語がくりかえされていますが、敵の詐術にうかうかとはまり、あるいは迎合さえして、本末を転倒しつづけてきた。敵の詭弁に抗するすべを持たなかった自称保守の敗北こそが問題であり、猛省されなければならないように思います。
が、くりかえしますが、それはあくまで保守の劣化の問題であって、靖國の問題ではありません。靖國自身には(ほぼ)何の問題も無い。ただ英霊との約束を、守るべき祭祀を、守りつづけているだけです(その独立宗教法人靖国神社の信教の自由に唾を吐きかけたのが中曽根をはじめとする似非保守であり、チャイナコリアオバマその他もろもろでしょう)。

ただし……今、「ほとんど」とか「ほぼ」とか言っておきましたが。
靖國自身に内在する「問題」というのも、あえて言えば絶無ではない。
動画の後半で語られている御祭神についてです。
自衛官はなぜ祀られないのか、御所を砲撃した長州の逆賊がいつのまにか官軍になりおおせる一方で、孝明天皇の側近・松平容保率いる会津の戦死者はなぜ祀られないか。西郷隆盛は? 白虎隊は?
「国」の為に命を捧げた英霊を祀る一方で、その「国」をあえて二つに分断する本末転倒な情念のトゲが靖国の根底にはささりつづけています。
(個人的には東京招魂社が靖国神社に脱皮する機会に解決しておくべき問題だったように思いますが……それができるくらいなら「薩長幕府」などと陰口もされませんか、残念)

靖国神社の名物の一つは大村益次郎の銅像ですが。その大村の非情さは、上野戦争の皆殺し戦術と、何より賊軍の遺体に対する仕打ちによくあらわれています。
Wikipedia:上野戦争彰義隊
なお戦闘後、上野には200名を超える彰義隊士の遺骸が残った。徳川家の菩提寺であった芝増上寺や縁故者等が引き取りを申し出たが、官はこれを容れなかったという。南千住(現:東京都荒川区)の円通寺の二十三世仏麿和尚と、寛永寺の御用商人であった三河屋幸三郎がこれを見兼ね、戦死者を上野で荼毘に付したうえ、官許を得て遺骨を円通寺に埋葬した(上野公園内「彰義隊墓表之来由」)。円通寺には近親者などが墓碑を相次ぎ建立、上野では1869年(明治2年)、寛永寺子院の寒末松院と護国院の住職が密かに「彰義隊戦死之墓」と刻んだ墓碑を地中に埋めたが、表立って彰義隊を供養することは憚られる状況が続いた。
ネットで元気な自称保守は、しばしば、敵の死者をも弔う日本の麗しい伝統と、敵の死骸を冒涜するチャイナ・コリア・メリケンその他その他の「野蛮人」を対比して見せますが。その伝で言えば、彰義隊の遺体に対する官軍の仕打ちもまた「野蛮人」のそれであり、その責の相当部分は、上野戦争の官軍側指導者たちに帰せられるべきではないでしょうか。
その大村の銅像を誇らしげに見せびらかしている。それもまた靖国の性格の一つの側面であり、それを東北の人々がどう感じるか? 「こう思え」と、指図する資格は誰にもないでしょう。

この「問題」に対する保守派の常套句は、いわゆる鎮霊社ですが。要は「軒は貸してもいいが母屋には上げない」式の、所詮はどこまでいっても区別・分断の延長でしかないようにも思えてしまいます。しかも敵味方問わず全世界のあらゆる戦争の犠牲者、という雑な話。それはそれでありがたみが謎です。抽象的なおヘイワ路線には「アヤマチはくりかえしませぬから」式の空虚ささえ漂いかねないのではないでしょうか。
そもそも、鎮霊社が「あらゆる」戦没者をすべて祀っているというのなら、靖国の御祭神も何もかもひっくるめて、鎮霊社だけで事足りるのではないでしょうか? 本当に鎮霊社がスバラシイと、自称保守派自身が本気で思っているのなら、いっそ靖国の御本殿のほうを潰して、鎮霊社にまとめてしまえばいいのでは? もちろん、そんなことは絶対に許容できませんが……許容できない、という時点で、すでに、我々の意識において、鎮霊社は靖国の「格下」の「別物」であって、賊軍も「わけへだてなく」祀っているという自称保守の主張が詭弁にすぎないことを、自ら暴露しているのではないでしょうか。
全世界のすべての戦死者というのはいわば一種のグローバリズムであって、国の為に一命を捧げた英霊というナショナリズムの代用には、所詮、ならないように思います。

無駄にメンドクサイことを言っているように聞こえるかもしれませんが……

「国」の為に命を捧げた英霊を祀るということは、そも「国」とはなんぞやという問いと常に一体であって。
また、その「国」は命を捧げるに値する「国家」たりえているかという問いにもつながっていくでしょう。
それこそ靖國が常に問いかけ続けなければならない本物の「問題」であるようにも思えます。
しかも、事は神社という信仰の問題、心の問題ですから、理屈ではなく、心情的納得が得られなければ、意味がありません。
自衛隊を合祀しない理由を並べたてることはいくらでも可能かもしれません。しかし、言えば言うほど、心ある国民の真情から乖離していく(≒靖國が支持・崇敬を失う)というのでは、それこそ「本末転倒」でしょう。
つまるところ、客観的に正しい指標などは存在しない(科学ではなく信仰ですから)。「理屈」ではない。
だからこそ、靖国自身・日本人自身が主体的に向き合い、対処していくべきなのであって、なおさら、敵国の干渉をヨシとしてありもしない「問題」のデッチアゲにかかずらわっている場合ではないとも言えるのではないでしょうか。

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posted by 蘇芳 at 01:40|  L 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする