2019年08月17日

【動画】【生田のいくバズ】Part25-④


文化人放送局 から。


動画概要:
2019/08/15 に公開
8月8日収録

【出演者】
・生田よしかつ(築地仲卸三代目)
・江崎道朗(評論家)

【Twitter】
@Bunkajin_TV

【Facebook】
https://www.facebook.com/Bunkajin/

Amazonでも楽天でもいいですが、「日本人 知らない」で検索https://amzn.to/30c2akaすると、「日本人が知らない○○~」だの、「日本人だけが知らない○○~~」といった類の本がそれこそ狂ったようにヒットします。
どんだけ無知だよ日本人、というか何というか。。
もちろん、本当に無知なわけではなく、「知らない」と思っているだけ、というより、「知らない」と断言する自信すら無く、「知らないんじゃないか?」と不安でありつづけている。からこそ、こんなタイトルが定番の「釣り」として成立するのでしょう。

無知の自覚は向上心のモトですからそれ自体は美質でもありうるはずですが、過ぎたるはナンチャラと言うまでもなく、どうも戦後日本の総体的な傾向というか風潮というか空気としての自信のなさには、病的なものがあるような気がしないでもありません。
そんなにもおどおどキョトキョトと他国の顔色ばかりうかがって御追従笑いを浮かべて「おヘイワ」をめぐんでもらってどうしようというのでしょうか。

昨日(というかもう一昨日)は8/15でしたが、かえすがえすも腹立たしいのは、三木だの中曽根だのという売国奴が、安物のパフォーマンスに靖国を利用しようと、あえて御祭神への侮辱までなしまくったあげくに、どうぞどうぞと敵国の内政干渉を招きいれた、その卑しさ愚かしさ(https://amzn.to/2YUcHnl参照)が、何らに報いも受けていないどころか、政府・官僚によって長年踏襲されつづけている愚劣さです。
売国官僚の作文は今年もまた中身のない下らない下らない「反省」の弁を、愚かな政治屋に惰性的に読み上げさせていたのでしょう。
紀元節はもちろん、主権回復の記念日をすら、公的に祝う気すらない一方で、後生大事に「敗戦」だけを記念日化する、この倒錯を、愚かな政治屋や不勉強な官僚は、いったいいつまでつづければ気が済むのでしょう。そしておどおどキョトキョトした国民はいつまでそれを容認しつづければ気が済むのでしょう。
8/15、8/15、といいますが。占守島の英霊が散華されたのは8/17です。戦争は終わってなどいない。むしろ、そこから新たに始まりさえしたかもしれないのではないでしょうか。

その戦後の戦いに、私たちは勝ったでしょうか?
昭和殉難者をはじめとする、8/15以降~4/28までに散華された英霊たちは、主権回復という勝利を獲得されたかもしれません。
しかし、さらにその「後」を生きてきた私たちは、むざむざとその果実を手放しつづけ、積極的に唾を吐きかけさえしてはこなかったでしょうか。
当ブログでも何度か引用したことがある、ある戦没者遺族のお詠みになった歌に、
かくばかり醜き国になりぬれば捧げし命のただに惜しまる
という有名な一首があります(ネット上で拡散されている歌は、「かくまでも」だったり「なりたれば」だったり「捧げし人」だったり、引用者によって細部が微妙に違うようですが)。
あえて言わでものことを強調しておくとすれば、この歌はあくまで戦後日本が「醜き国」になったと言っているのであって、「弱い国」になったとも、まして「悪い国」になったとも言っているわけではありません。
客観的な「強弱」や「善悪」といった事実ではない、すこぶる内面的な精神的な「美醜」という価値を問うているのです。

かつての赤かった米国も、チャイナもコリアもロシアも、あらゆる嘘を動員して、日本を悪者に仕立て上げ、その牙を奪おうとしつづけてきました。それはなぜかといえば、要するに、日本が怖いからでしょう(多分に自己投影の妄想でもあるにせよ)。
彼らは日本が「弱い国」でもなければ「悪い国」でもないということを本当は知っている。だからこそ、日本を「弱」くするために、「悪」に仕立て上げるために、あらゆる醜い恥知らずな努力を怠らないのではないでしょうか。

しかして日本は、進んで自らを卑しくし、その醜い彼らに追従しつづけてきた。自ら進んでガンバッテ、卑しい「醜き国」になろうと涙ぐましい努力を積み重ねてきた。それが愚かな政治屋や卑しい官僚に主導された戦後日本の無残な現実でもあり……庶民の目には明らかな、この果てしなく方向性を間違えた「努力」の下らなさこそ、私たちをいらだたせてやまない戦後日本の病理そのものなのではないでしょうか。。

動画の内容からだいぶ離れてしまいましたが……

「やればできる」国、ニッポン。それは同時に長年「できることをやらない」国でもあったわけで。
それをいかにして「やるべきことをやる」国に変えていくか?
まずは「変える」気にならなければ始まりませんし、そのために必要なものの一つは、戦後日本の「醜さ」の把握と、決別への意思であるように思えるのです。
動画終盤の「民間」もそうですが(正直この動画だけだと所詮夢物語にも思えますが)、どこの安倍さんとは言いませんが、それこそ「美しい」国https://amzn.to/2z0LOPnとかいう本まで出した政治家には、いいかげんお坊ちゃん政治をやめてトランプの「暴走」(でもないと思いますが)に学べと言いたいところかもしれません。

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posted by 蘇芳 at 01:55| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする