2019年08月05日

【動画】第2回 前編 歩いたのは地球一周分!伊能忠敬とは?【CGS 偉人伝】


ChGrandStrategy から。


動画概要:
2014/04/15 に公開
Wikipedia:
伊能忠敬
大日本沿海輿地全図

ブクマしたまま積ん動画状態だったのでボチボチ視聴しておこうかと💦
といって、前編は、伝記的事実が紹介されているだけで、コメントのとっかかりもないですが。。
後編は「りーだーしっぷ」が云々?
知的ナンチャラ文庫みたいなアレですかね。。
まあ、いいですが、正直、そんな何とでも言えるような話はわりとどうでも。。

えーと💧

「伊能図」というとネット上では一時期ペリーの日記がどうこうで日本自慢をするのが流行りましたが……
CGSですから、この動画も最後にはその方向へ行くのかしら?

先走って予想してもしようがありませんが。。

ただ、いわゆる「伊能図」といえば、動画にも登場した全国地図が有名で。教科書的に「いのうただたかはにほんちずをつくりました、まる」などと雑にまとめられてしまうと、あたかもあの「一枚」の「日本地図」がイコール「伊能図」であるかのように錯覚させられてしまいがちかもしれません。というか私も昔はそう思ってました💦
しかし実際は……
Amazonあたりで「伊能図大全【全7巻】https://amzn.to/33a8b2D」などをチェックしてみるとわかりますが……【全7巻】って何ぞ、それ、というわけで。
商品説明には、〈伊能図とは何か〉として、
およそ200年前の江戸時代に、あしかけ17年、10次にわたって測量が行なわれ、その各段階で多くの地図が作られた。
これらすべての地図を伊能図と総称するが、本書の収録図は、全ての測量結果を集成し、文政四(1821)年に上呈された「大日本沿海輿地全図」である。
大図(3万6000分の1)214枚、中図(21万6000分の1)8枚、小図(43万2000分の1)3枚で、別に「大日本沿海実測録」14巻がある。
などと書いてあったりもするようです。

つまるところ動画の最後に登場した、教科書等でも登場する「伊能図」はあくまで「中図(21万6000分の1)8枚」を貼り合わせたもの。(本によっては「小図」ですませている場合もあるでしょうか?)
実際の測量データから直接描かれた実測図、足を使って書いたとでも言いましょうか、伊能忠敬の「偉業」の中核というのは、むしろ214枚にも及ぶ大図なわけで……
一口に「地図」を作ったと言っても、その作業量の膨大さに、あらためて目眩がしそうです。
「伊能図」といえば、あまりの正確さにペリーが「ビビった」とまことしやかにネットでもてはやされたりもしますが、そのスゴさのレベルがナンボのものか、私たち日本人自身が、今ひとつイメージしきれていないのかもしれませんね。。

まあ、地図というのも軍事情報なわけで、そうなると、誰がそんな機密を流出させやがった、と……シーボルト事件にたどり着きもするのですが💧
Wikipedia:シーボルト事件
というか、ペリーはシーボルトの著書「日本」所収の地図の正確さを知って測量を中止したとかいう話にもなっているわけで……ネットで自慢されているように「こんなスゴイ技術を持っている国はオソロシイ」と「ビビった」などという話ではなく、単に「こんな正確な地図がとっくの昔に公開されているのであれば、今さらわざわざ二度手間をかける必要無いジャン」と思っただけだったのでは??という気がしてこないこともありませんな。。

もっとも、シーボルトが入手した日本地図というのは、小図だったらしいという話もあるようですから、さすがに高橋景保も大図までホイホイ渡してしまうほど脳内お花畑でもなかったのかもしれません?
国立歴史民俗博物館:日本初公開!!「シーボルト事件」で没収された国禁地図の写しがシーボルト子孫宅で新発見!!
そうはいってもシーボルトが入手したのがこの小図「だけ」だった証明にはなりませんか。。

閑話休題。
毎度のことですが動画からずいぶん遠ざかったようで……
駄弁もホドホドにして、以下、後編。ですな。。

Amazon:
伊能図大全【全7巻】
「伊能図」の検索結果
「伊能忠敬」の検索結果
文政十一年のスパイ合戦―検証・謎のシーボルト事件
楽天ブックス:「伊能忠敬」の検索結果
posted by 蘇芳 at 01:13| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする