2019年08月03日

【動画】石川護國神社


SakuraSoTV石川護國神社ZEEK VLOG土の音グリーンノート から。











動画概要:
1)2010/10/19 に公開
石川県・金沢市にある護国神社では、大東亜戦争の英霊を称える『大東亜聖戦大碑』の建立10周年を記念して式典が催されました。その模様をお伝えします。

2)2018/12/11 に公開

3)2018/01/13 に公開
今回は石川県金沢市にある石川護國神社を紹介しています。
I'd like to introduce you to the Isikawagokoku Shrine .
石川護國神社は以前紹介した金澤神社の道路を挟んで南側にあり、
明治元年の戊辰戦争で戦死した加賀藩の108名の霊を祀るために建てられたのが創まりです。
当時は卯辰山にありましたが、昭和10年に旧陸軍小立野練兵場の一角であった現在地に鎮座されました。
名称も始めは招魂社でしたが、昭和14年に現在の石川護國神社に改称されました。
昭和59年に御遷座50年記念大祭、平成22年に御創立140年記念大祭、
平成27年に終戦70年臨時大祭などが催されてきました。
御朱印は第二鳥居をくぐってすぐ右側にある社務所で頂けます。

【撮影日】
2017/10/29
【撮影場所】
石川護國神社:石川県金沢市石引4-18-1

4)2016/04/19 に公開
里の秋(土笛演奏奉納)🎵石川護国神社 春期例大祭2015.4.19

最初の動画に登場した板垣正元参院議員には複数の著書があるようですが、中には(当方、未読ですが)「靖国公式参拝の総括https://amzn.to/2ZqOKQF」などもあるそうです。
2本目の動画はUP主が石川護國神社になっていますが、公式でしょうか? こちらでもやってましたね、泣き相撲。
3本目の動画は、境内の様子が見やすいかと。
4本目の動画は、境内は境内でも、拝殿や本殿ではなく、各種慰霊碑・記念碑などの画像が豊富かと。これら石碑・銅像類が多いのも靖國神社や護国神社の特徴ですね。公式サイトのこちらの境内マップなどを見るに、石川護国神社には21もの石碑類が建立されているようで……最初の動画に登場した大東亜聖戦大碑なども地図上で位置を確認できますね。。

石川護国神社は有名な兼六園の南隣に位置するそうで。
石川県、金沢、といえば、いわゆる加賀百万石。
利家&まつに始まり、幕末まで存続した同藩は、戊辰の役では官軍側について戦い、その戦死者108名を慰霊・顕彰するため、明治三年、最後の藩主・前田慶寧によって創建された招魂社が、当神社の起源。
当初、同社は金沢城の東(卯辰の方角)「卯辰山」にあったそうですが、市街地から遠く交通の便も悪く、境内地も狭く盛大な祭典を行うのが困難だったため、昭和十年、当時は陸軍小立野練兵場の一角だった現在地に新社殿を建立し、遷座。
昭和十四年、例の内務省令によって護国神社に改称したといいます。
石川護國神社
Wikipedia:石川護国神社
石川県神社庁:石川護國神社(金沢市石引4丁目18-1)

護国神社としては特に変哲もない通例どおりの由緒ですが……

上でリンクした境内マップと同じページにも、
家族と郷土の繁栄を見守り、
人々が歩み進める人生においてふりかかる災いを鎮め、
日々の生活を安全に、
そして安心して送れることを祈り続けておられる神様です。
護國神社はご遺族だけの神社ではなく、広く日本国民全体の神社であることをもっと多くの人達に、
知ってもらわなければならないと強く思います。
などと載っているように、一方では、地域の生活によりそう姿勢も顕著な神社なのでしょうか。
上の動画の泣き相撲もそうですが、山中浩市「全国護国神社巡拝ガイドブックhttps://amzn.to/2OBrvT1」によれば、境内の「松・竹・梅」をめぐって幸せと健康を願うとか、女子に人気の「愛守り」や「愛叶う願掛け絵馬」とか……わりといろいろ力を入れているようです。
十二支やらランドセルやら、お守りもいろいろ豊富ですね。。
石川護國神社:授与品
靖國神社や護国神社といえば、とりあえず「海行かば」を歌って敬礼しとけというイメージもないではありませんがw 同時に、私たちと血のつながった御祭神が鎮まる、身近な地域の神社でもあるわけで……子孫の日々の暮らしを見守ってくださる裏山のご先祖様というか、祖霊崇拝の一面も、もっと意識されてもよいのかもしれません。

まあ、そこはそれ、護国神社ですから、地名つながりで空母加賀の絵馬だとか、戦車、戦闘機の絵馬もあったりするらしいのが素敵ですけどねーw
石川護國神社:授与品
旧海軍航空母艦加賀の図。海上自衛隊の新型護衛艦が「かが」と命名されたことで以前より注目されております。他に戦車、戦闘機の絵馬もあります。
こんな絵馬、奉納するよりむしろ持って帰りたくなりそうですが💦

いつにもましてとりとめのない記事になりましたが……

最後にやはり、「大東亜戦争詩文集https://amzn.to/2Jwi69w」から、石川県出身英霊の歌をいくつか。
きよらけき御民のともよひたむきに永久にひろめむすめらぎの道 (泉登美雄 陸軍見習士官)
大君のみことしあれば天地のきはみの果も行き行き果てむ (大森重憲 陸軍大尉)
さ夜ふかく心しづめて思ふなり一人一人みなよく戦はむ
朝つひに命たえたる兵一人木陰に据ゑて日中をさびしき (折口春洋 陸軍中尉)
大君にさゝぐる命惜しからんくだけて桜花と咲くを思へば (村井彦四郎 海軍少佐)
このうち、折口春洋中尉は、こちらの末尾で軽く触れた人物。民俗学者・折口信夫の愛弟子であり、養子にもなった方です。旧姓藤井。昭和十九年二月硫黄島にて戦死。享年三十八歳。
オリンピック馬術競技の西大佐といい、すごい人材が揃っていたものです、硫黄島。。

ちなみに、とりとめないついでに書いておくと、愛国の学者・歌人として普段は勇ましいことも言っていた折口信夫(釈迢空)も、愛息の訃報に接すると、半狂乱と言っても過言でない取り乱しようだったとか。他人の戦死には偉そうなことを言っておきながら、見苦しいといえば見苦しいですが、正直と言えば正直でしょうか。。
(春洋の死と大東亜戦争の敗戦というトラウマが、戦後の折口学をどこへ導いたか……私ごときには論評の資格も能力もありませんが、それこそ釈迢空の詩のタイトルをもじった、長谷川三千子「神やぶれたまはず https://amzn.to/2LWj02Y」は途中まで興味深く読めました。終盤、イサクだアブラハムだと旧約聖書を持ちだされると、一気に興が覚めましたけどね。。)

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ラベル:護国神社
posted by 蘇芳 at 01:50|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする