2019年07月21日

【動画】三重県護国神社


伊勢新聞fujisansantyouShakram Edimmu から。








動画概要:
1)2016/08/16 に公開
終戦の日の8月15日、三重県護国神社で英霊感謝祭があった。遺族ら100人が全国戦没者追悼式に合わせ黙とうした。

2)2016/08/16 に公開
皇紀2676年・平成28年8月15日
「終戦の日英霊感謝祭」 三重県護國神社
http://www.mie-gokoku.or.jp/
大東亜聖戦「終戦の日」 三重県護國神社 皇紀2676年・平成28年8月15日 ⇒http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-2264.html

3)2014/05/05 に公開
こどもの日の5日、津市の神社では、男の子がよろいを身につけて健やかに育つよう祈願する「子ども武者参り」が行われました。

津市の三重県護国神社が毎年行っているもので、3歳から8歳までの男の子55人が参加しました。男の子たちは、神社の職員に手伝ってもらいながら、重さがおよそ8キロあるよろいを身につけ、頭にはちまきを巻いて、刀を差しました。
そして、拝殿でおはらいを受けると玉串をささげました。
5日、小雨の降るあいにくの天気でしたが、親たちは神社の境内や庭で、わが子のりりしい姿をビデオや写真に収めていました。
兄弟3人で参加した津市の7歳の男の子は「よろいは少し重く感じましたがかっこいいと思いました」と話していました。
母親は「3人そろってよろいを着せたかったので参加しました。なかなかかっこよかったです」と話していました。
三重県護国神社
三重県護国神社へようこそ - 三重県護国神社 公式サイトです
Wikipedia:三重県護国神社

前回も書いたように、護国神社によって見つかる動画が多かったり少なかったりしますが……今回はわりと少なかったかな?というところ。
その代わり、内容的にはわりと濃い目のようで……
個人撮影の動画はさておき、ローカルとはいえ新聞社の動画に、英霊に感謝すべきという市民の声が堂々と登場したのには驚きました。
三重県で神社といえば一にも二にも伊勢神宮。観光地化されていろいろ乗っ取られていないか心配な気がしないでもありませんが……痩せても枯れても神領民? 地方紙などというものは○○しかないものかと思っていましたが、「伊勢新聞」とやらがまだ正気を失いきっていないのなら何よりです。まあ、この動画一本でとやかく言えるものでもありませんが……
えすみの日記:新聞の保守・反日度ランキング
今一番神に近い新聞     .:東海新報、北國新聞 (K)
神々しき正論          :伊勢新聞 (K)
大企業に立ち向かう零細新聞:夕刊三重
私の主張・ひとりの日本人として:伊勢新聞の素晴らしい論壇
 地方新聞のサイトを閲覧して社説でも読んでみれば、だいたいその新聞社の思想というものが分かり、「ここにも朝日新聞と同じような新聞があるなあ。この新聞しか購読出来ない県民は可哀想だな」と同情を禁じ得ないし、こんな新聞ばかり読まされていれば、左翼思想を持つ者が増えることはあっても減ることはないだろう思い、なんとかしなければと主張やコラムを書く手に力が入る。  そのような地方新聞ばかりで、まともなものは一つもないのかと嘆いていて何気なく、伊勢新聞の論壇を読んでみたところ、素晴らしい論文が掲載されていた。それは伊勢新聞社東京支社嘱託・河本 弘氏の「米英支持を明確化『北』の脅威に連携対処」という論文である。
国民が知らない反日の実態 :保守系マスコミリスト
9 東海新報
伊勢新聞
静岡新聞
北國新聞
自社編集の社説欄は常に保守愛国的であり、しばしば2ちゃんねるニュース速報+で“神に近い新聞”として絶賛されている。
しかし政治問題・国際関係などの記事は共同通信や時事通信が配信するものに頼っているため残念ながら左翼的な偏向報道が多くなっている。
などの声はあるようです? そういえば東海新聞なども一時期、瞬間的にネットで人気が出たりもしましたね。ガンガレ~というところか。
伊勢新聞 https://www.isenp.co.jp/

また、こちらは左下に反日放送協会のロゴが見えるようですが、地方局には多少はマトモなスタッフもいるのでしょうか? 「武者参り」の動画、舞台は護国神社のようです。
まあ、ナレーションでは護国神社の「ご」の字もでないのが犬HKらしくはありますが、それでも、護国神社の映像が反日工作機関で放送されたこと自体は驚きです。
「武者参り」自体、護国神社にふさわしいですし、ほほえましくもありますね。
ちなみに三重関護国神社関連では、もう一本、ひな祭りの動画もあるようですが……ただ、こちらはかなりのプライベートビデオ感もあるので、エンベッドを貼るのは遠慮しておきます。視聴は直接 https://youtu.be/53V80oTF25s でどうぞ。

三重県護国神社は明治二年、津藩第十一代藩主藤堂高猷が、戊辰の役で戦死した藩士の霊を祀る小祠を津八幡宮の境内に建て、「表忠社」と称したのが創始。
明治八年、官祭招魂社となり、明治四十二年、現在地に社殿を移築遷座、昭和十四年、例の内務省令によって三重県護国神社に改称しましたが……
前回の愛知県と同様、戦災に遭遇した護国神社でもあるようで。。
昭和二十年七月、津大空襲によって、本殿・神饌所以外の建物を焼失したとのこと。
その後、護国神社に共通の占領下の受難を経て、やがて昭和三十二年、その本殿も含めて新たに社殿を造営し、現在に至るようです。

「大空襲」といえば唯一「東京」、それ以外は等閑に付されがち。その東京でさえ、民間人無差別大量虐殺の実態がまともに発信されていない気もする反日国家ニッポンですが……
SF講和条約で法的には解決済みかもしれませんが、それで史実が消えてなくなるわけでもないでしょう。愛知にせよ三重にせよ、その他都道府県にせよ、連合国の「人道に反する罪」の事実の数々を、日本人であれば、知っておくべきではあろうかと思います。
Wikipedia:津空襲
三重県|県史
悲惨だった三重県の空襲
68 津市の戦災状況
歴史を知らない「バカガイジン」に言い返せるようになるためには、まず日本人自身が「バカ」を卒業すべきでしょうしね。。

最後に「大東亜戦争詩文集 https://amzn.to/2Jwi69w」から、三重県出身戦没者の遺詠一首。
若鷲は南の空に飛び立ちて還るねぐらは靖国の森 (棚橋芳雄 海軍二等飛行兵曹)
昭和二十年三月二十一日、第一神風桜花特別攻撃隊神雷部隊として、沖縄で特攻戦死された方だそうです。

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大東亜戦争詩文集 (新学社近代浪漫派文庫) [ 田中克己 ]
ラベル:護国神社
posted by 蘇芳 at 01:19|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする