2019年07月15日

【動画】金美齢【字幕付き】伝説の靖国スピーチ


Hokori2013 から。


動画概要:
2013/09/11 に公開
心に響く、素晴らしいスピーチです。字幕を付けてみました。
大勢の方々にみてもらいたいので、是非拡散お願いします。

つけ足すことなど何もない素晴らしいスピーチですが。。

英霊への「感謝」というとき、個人的に、どうしても、気になることがあります。

戦後の腐った日本人である私たちごときに感謝されて、英霊は嬉しいのだろうか、と。
俺たちはこんな腐った国のために戦ったのではない、お前たちごとき似非日本人モドキのために戦ったのではない、と……思わないのだろうか、と。

英霊がそれを守るために命をかけた日本は、どこにあるのだろう、今もなお、日本は「日本」たりえているのだろうか。かくいう自分自身は、英霊に顔向けできるほどに、「日本人」たりえているだろうか、と。

そんな自問自答自体、思い上がった観念遊戯にすぎないのかもしれませんが……

ただ、お義理やお愛想で「感謝」されて、本気で嬉しい人間など、いはしないでしょう。
英霊に「感謝」というなら、そこに本物の気持ちがこもっているべきだと思いますし、「感謝のマコトを捧げまちた~」などとニタニタ笑って歯の浮くセリフを並べていれば「本物」になるというほど安易な話でもないだろうとも思うのです。

同じお礼を言うのなら、「ありがとう、ありがとう、あなたたちのおかげで、こんなにも!!」と、本気で言えるだけの何か素晴らしい内実を、そこに込めたいものですし……
そういえるだけの内実、英霊のおかげで達成された素晴らしい「何か(個人的には8/15だけでなく、11/19にもっと注目してもよいのではないかと、最近、思います)」を、どうにかして、もっとハッキリと見つけ、見据え、しっかりと握って、手放さないようにしたいものだと思うのです。

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追記:
上で軽く触れた11/19というのは、昭和26年11月19日、行幸先の奈良において昭和天皇がサンフランシスコ講和条約の批准書を認証あそばされ、国内の手続きが完了。あとは条約発効(昭和27年4月28日)を待つばかりとなった日を念頭に置いています。要は実質的な主権回復の日。

SF条約関連の日付け、9/8、11/19、4/28、のなかで、どれが一番重要かと言われれば異論はありうるのでしょうが。日本人にとって決定的に重要な「終戦」の日が9/2ではなくあくまで8/15であるように、講和についても、やはり、昭和天皇が署名あそばされ、行幸先の国民と指呼の距離で喜びを分かち合われた11/19が、個人的にはもっともしっくりくるというか、当時の人たちの「感情」が強く動いた日のような気がします(まあ、名実ともに、ということなら4/28でもいいですし、4/29と連日というのも便利かもしれませんがw)。

靖国といえば、一も二もなく、8/15ですし……
英霊への感謝云々も、この日に取り沙汰されることが多い気がしますが。

しかし、そもそも、8/15は、感謝の日でしょうか?
むしろ、一億号泣の日ではないでしょうか?

8/15は「敗戦」の日であり、「堪え難きを堪え忍び難きを忍」んで、なおも形を変えて戦い続ける決意の日ではあっても、御祭神のおかげでスバラシイ何かが達成された日というわけではないようにも思います。
国を守りたいと一命さえもささげられたのが英霊であり靖国の御祭神ですが……8/15の時点では、まだ、昭和天皇の安全さえ保障されてはいなかったのですし、むしろ国体の破壊は8/15以降、占領軍の手によって「開始」されるのですし。。
だいたい、ソ連の占守島侵略は8/17。
東京裁判という名の茶番で多数の殉難者が殺害されたのも、占領期のこと。
靖国の御祭神は、8/15以降も生まれつづけているわけです。
祖国防衛の戦いは8/15の時点ではまだ決して終わってなどいませんし、そんな時点で「感謝」を云々するのは少し気が早すぎる気がしないでもありません。

要するに、いろいろ単純化して言ってしまうと、8/15は、日本が日の丸を掲げられなくなった日であり……
主権「回復」の日の対極にある、主権「喪失」の日こそ、8/15とも言えはしないでしょうか。

8/15を大切にすること自体は何の問題もありませんし、この日付けが侵略者の内政干渉の焦点として悪用さえされている現状、現実問題として、なおさら妥協の余地はありませんが。。
しかし、その一方、主権喪失の日だけをくりかえしくりかえし肝銘するばかりで、肝心の主権回復の日をなおざりにしていては、片手落ちというか、いわゆる「片参り」のようになりはしないでしょうか。
英霊が願った「国を守る」ということの意味を、現実政治的な領域に落としこむとすれば、それこそ、「国家の主権を守る」ことにさえなるかもしれないとも思えるほどだというのに。。
(家族を守るとか、そういうことを可能にするのも、国あってのことだとして、国があるというのは、国家の主権が他国から侵されない状態をいうのではないでしょうか)
そんなことだから、そもそも「主権」というものが大事だということすらわからないような、国家観のない日本人が量産されつづけるのではないでしょうか。「主権」の大切さをくりかえし確認してこなかったからこそ、主権を売り渡して平気な顔をしている、それどころか、主権を売り渡していることを自覚すらできない、政治屋や官僚や似非インテリがのさばりつづけるのではないでしょうか。。

別に私の考えを押し付けるつもりはありませんが……
英霊への感謝の内実を充実させるために、英霊が目指したものや、英霊が成し遂げたことについて、考え続けることが必要である気はするのです。まあ、頭の体操程度にナナメ読みしておいていただければ、と。。
ラベル:靖国神社
posted by 蘇芳 at 02:18|  L 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする