2019年07月06日

【動画】靜岡縣護國神社


AKIRA Travel Channel 1フーテンのアキーラ海外見聞録富士雷神BLADE LUNNERアキーラ国際情勢チャンネルAKIRA Channel から。











動画概要:
1)2014/01/01 に公開
国際ジャーナリスト&旅行ジャーナリスト 大川原 明のホームページは下記
http://yukokunoshi-akira.com/
アメブロ(憂国の士アキーラ世界1周・日本1周旅行記のブログ)は下記をクリック
http://ameblo.jp/yukokunoshi/
平成25年大晦日に最後の御報告をしに静岡市にある静岡県護国神社に参拝しにきました。清々しい天気で日の丸も高々と舞い、かつて我々日本のために尽力された英霊の方々に感謝の意を表させていただきました

2)2015/02/13 に公開
御朱印貰いに行って来ました。静岡市の護国神社です。今回も趣味のダメビデオでの撮影です。YASHICA DVC575 コイツ一応手振れ補正付いていて、youyubeのStabilizerと併用するとなかなかのスムージー画像になります。

3)2016/08/13 に公開
静岡市葵区柚木8/13.14.15

4)2014/11/07 に公開
平成26年(2014年)11月8日に静岡県静岡市にある静岡県護国神社を参拝!4か月ぶりの参拝です。市内の幼稚園、小学生の子供達が、落ち葉拾い等の清掃活動に従事しておりました。

「県名+護国神社」で検索しても、めぼしい動画がなかなか見つからない場合もあるのですが……
今回はたくさん見つかりました。
youtube:「静岡 護国神社」の検索結果
みたままつりも賑わっているようですし、幼稚園の遠足?清掃活動?など、地元に親しまれている感じがして、嬉しくなりますね。。

私事ですが、当方も、先日、久しぶりに地元の護国神社にお参りしてきまして。
だからどうしたということでもないのですが、当方、祖父の兄が南方で戦死していたり、他にも戦没した親戚はいる……などと、今になって母が話し始めた矢先。もしかしたら、その人たちも、護国神社や靖国神社に祀られているかもしれないわけです。
子供の頃に両親に護国神社に連れていったもらった記憶はサッパリない、戦後のアレな世代ですが……
今になってなぜ急に母がそんなことを口にする気になったのかなども含め、自称目覚めた保守派ブーム(?)だからというのではなく、護国神社の存在が、にわかに身近な大きなものに感じられるようになった今日この頃です。

よく、仏教は個人宗教、神道は共同体の宗教、両方あって云々~と知ったかぶりする人がいますが。ならばその共同体が壊れれば、共同体の宗教とやらも存続の危機を迎えるのでしょうか。
実際、戦後の退廃とともに、氏神や産土神などの区分は、本来の意味を失って混乱しつつあり、それでも心のよりどころを求めようとするあまり、かえって、パワースポットやら何やらヘンな方向に走ってしまったりする人も出てくるご時世かもしれませんが……
考えてみれば、戊辰の役からこっち、西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、第一次世界大戦、支那事変、大東亜戦争……近代150年の戦没者を御祭神とする護国神社や靖国神社は、日本人であれば、(絶対120%確実ではないかもしれませんが)、かなりの高確率で、近親者や、少なくも遠縁の親戚の一人や二人くらいは、祀られていてもおかしくない神社であって……文字通り「血のつながった神様」がいらっしゃるかもしれない身近な神社なわけです。
神道には様々な性質があって、一口ではまとめようもありませんが、少なくとも、自然崇拝と祖霊崇拝は、その本質の中でかなり大きな部分を占める要素ではないでしょうか。
近代に創建され、「人間」を御祭神とする神社は、古事記・日本書紀の神々を祀る日本最古級の歴史と伝統のみなぎるパワースポットが云々というのとは違うかもしれませんが、一方で、「裏山のご先祖様」的な日本人の素朴な霊魂観には相当にしっかり根差したお社なのかもしれません。

まあ、要するに、何だ。
みんな護国神社行こうZe、というところですね。。

静岡県護国神社は明治三十二年十一月、駿府城の西側(静岡市葵区北番町)において、明治維新から日清戦争までの英霊をお祀りする「共祭招魂社」を建立したのがルーツ。
昭和十四年の内務省令を経て、昭和十七年十月、現在地に新社殿を建立し、遷座したとのこと。
護国神社が遷座する以前は、現在地は茶畑と竹藪が広がる丘陵地だったそうですが。今や動画にも見られるような見事な鎮守の杜になっているようで……つまるところ自然林ではなく、静岡県民の手による造成・植林など、勤労奉仕の賜物だとか。それだけ地元民に愛されてきた神社ということでしょうか。。

駿府城≒徳川のおひざ元ということは、戊辰の役での立ち位置は複雑なものもあるような気もしないではないですが、日清戦争の総力戦を経てしまえば、もうそんなことを言っている場合でもないのはもちろん、徳川のおひざ元という意味では、天下国家への意識はむしろ高いくらいであってもおかしくはなかったのかもしれません?……というのは、勝手な妄想でしょうか。。

以下、「大東亜戦争詩文集https://amzn.to/2Jwi69w」から、静岡県出身英霊の遺詠をいくつか。。
君の為何か惜まん我が命散つて護国の鬼と化しなん (大村俊郎陸軍少尉)
生きるとも死すとも今はかゝわらず君に捧げし身の安らかさ (佐野仁三郎陸軍中尉)
身はたとへ一度に一艦砕くとも七度生れ夷艦砕かん (佐藤善之助海軍甲種飛行予科練習生)
神雷のこだまと化する若桜何か望まん国のためこそ (鈴木才司海軍乙種飛行予科練習生)
母君よなけきたまふな父君に家の栄をまづ行きて告げん (西尾常三郎陸軍大佐)
我が家のおもかげなくも我が魂は永久に我が家にかへり来ぬべし (溝口幸次郎海軍飛行予備学生)
若桜美しく散りて国の為錦をば着て故郷へ帰る (山内文夫)
父母様よ末永かれと祈りつゝ征きて還らぬ空の初旅 (若尾達夫陸軍少尉)
吹くもよし散るもよけれ桜花国興す道に変りなければ (同上)

靜岡縣護國神社
静岡県神社庁:靜岡縣護國神社
Wikipedia:靜岡縣護國神社
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ラベル:神道 護国神社
posted by 蘇芳 at 01:43|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする