2019年04月06日

【動画】日本人ならパラオ・ペリリュー島へ行け!【CGS 神谷宗幣 特別編 in パラオ】


ChGrandStrategy から。


動画概要:
2019/04/05 に公開
今回の「神谷宗幣が訊く」は特別編、パラオからお届けします!
ゲストはパラオでツアーコーディネーターをされている石川善寛さん。
石川さんにガイドしていただいた『ペリリュー島』は美しい南国のビーチリゾートという顔を持つ反面、大東亜戦争当時、日本とアメリカが激戦を繰り広げた場所でもあります。
現在も日本軍が残した戦車など戦争の爪痕が多数残るというこの島の魅力を戦争時の話も含めお聞きしました。

石川さん在籍の旅行会社
IMPAC(IMPERIAL PALAU)
http://palau-impac.com/index.html

海中伝令についてはだいぶ以前にたぶん船坂さんの著書?で読みましたが、奈良少尉の個人名の印象が強く、決死隊の人数は覚えていませんでした💦
あらためて検索してみると、Googleブックスのこちらなど(船坂さんの本ではありませんが)、たしかに「17人」になっていますね。
wikiのこのエピソードについての記述でも17人になっていますが、その話の出典は船坂さんの著書になっていますから、私も読んでいるはずなのですけどねぇ。人間の記憶なんて曖昧なものですな。。
あとはこの話が硫黄島などに伝わったというのも……確かに地下複郭陣地に拠った長期持久戦という同じ方針を採用していますから、実にありそうな話ではあるのですが。硫黄島側の戦記などを読むと、そんな連絡の余裕はなく、中川大佐も栗林中将もそれぞれ別々に同じ結論に達したのだと主張する向きもあったような気はします。
別々の人物が、似た状況を前にして、別々に同じ結論に達するというのは、それだけ、その思考経路が合理的だったということのように思われ、それはそれで魅力的な推論のように思えますが……
実際はどうだったのでしょうね? ペリリューの戦訓が硫黄島にも伝わっていた、あるいは伝わっていなかった、ハッキリした証拠はみつかっているのでしょうか。。
(そんなことはどうでもいい、大事なのは~、と、言われれば、まあ、そうかもしれませんが💦)

何にせよ、日本人が忘れてはいけない島のひとつに違いありません。
他にも知るべき島の名前はおそらくたくさんあるのでしょうが、ペリリューに関しては、ネット上でも何年も前から同じ「感動秘話」がくりかえし語られているところへ、行幸啓の記憶も新しく、あらためてその名が脚光を浴びている気配も感じます。
宮内庁:天皇皇后両陛下 パラオご訪問時のおことば
そのこと自体は喜ばしいことではありますが、ネット上で親日美談を消費する、その裏で、実際に現地を訪れる日本人が減少しているという神谷氏の話が本当なら、本末転倒というところかもしれません。
有名なペリリューでさえそうだというなら、英霊の眠る他の島々は……どうなのでしょうね。さらにいっそう忘れ去られているのでなければよいですが。。
遺骨収集事業だって民間有志の手弁当のイメージが強く、国の動きは……どうなのでしょうね。一応、主権回復後すぐにはじめましたとは書いてありますが、一方で、「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」が成立したのはようやく平成28年になってからという……
こちらで見た在パラオ日本大使館の体たらくと合わせて、何というか、こんなんでいいのですかねぇ。。
こちらこちらで江崎さんが報告されている、「長生きしなきゃよかった」という、戦没者遺族の言葉とともに、考えなければいけないことのような気がします。

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posted by 蘇芳 at 01:50| パラオ共和国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする