2019年02月11日

【動画】すばやく学ぼう!世界の百年 第23回・第24回・第25回


チャンネルくらら から。









このシリーズ、元寇篇についてはすでに先回りして一度視聴してしまっているのですが……
【動画】すばやく学ぼう!世界の百年 第23回 13世紀の世界 モンゴル帝国VS北条時宗 桜林美佐 倉山満
【動画】すばやく学ぼう!世界の百年 第24回「13世紀の世界 北条時宗は神風で勝ったのではなかった!」桜林美佐 倉山満
【動画】すばやく学ぼう!世界の百年 第25回 13世紀の世界 モンゴルの残したもの 桜林美佐 倉山満
その後も、このシリーズの記事では、時々、元寇につながる話を小出しに書いてきたりもしましたので、軽くまとめておこうかと。

こちらで見たように菅原道真によって遣唐使が廃止され、チャイナと縁を切って清々した日本は国風文化の全盛期を迎えますが。
その裏では公家の堕落と武家の台頭という形で、律令国家の劣化が進んでいたわけで。
保元・平治の乱を経て、遂に武家政権≒平氏政権が成立すると、律令国家の実質的崩壊とともに道真以来の鎖国政策も終わりを告げ、大陸との再交渉が開始されてしまいます。
心情的には残念無念ですが……
もっとも、こちらでも書いた通り、放っておけばいつのまにか滅んでいるのがチャイナの王朝。
かつて道真が断交した「唐」もその後まもなく順当に滅亡し、武家政権が再交渉を始めたときの大陸というのは、そろそろ、こちらで見た「カツアゲ国家」の時代。
騎馬民族に圧迫されているので、他国を侵略しているほどの余裕もなかったのか何なのか。北宋~南宋滅亡まで、日本ともわりと友好的な関係が続くようです。
仏教関連の交流も盛んなら、(「朝貢」の意味をコロコロ変えてくる反日生物がうざいですが)日宋貿易も盛んでした。

裏を返せば、元から見れば、日本というのは、宋の友好国。日本から見れば、元というのは友好国(宋)の敵。
お互い「敵の味方」だったり「味方の敵」だったりしたわけで。
そりゃ戦争にもなりますね。という話。
宋から日本に渡来した無学祖元などは北条時宗にずいぶん大事にされたという話もあるようですから、なおさらかもしれません。

つけくわえると、日宋貿易の貿易品目の中には、戦略物資の類も含まれていたとかいう話もあるようです。
一次史料をチェックしたわけでも解読するスキルがあるわけでもないので、それがどれくらい決定的だったのか知りませんが、火山列島の日本には火薬の原料になる硫黄が豊富で、主要輸出品目の一つだった、という説もあるようです。

その後、二度にわたる元寇は、動画のような展開になるようですが。

弘安の役に際して、台風が来たこと自体は史実でしょうが、それで元軍が壊滅したわけではなく、台風の後に海上決戦というか追撃戦が行われています。
Wikipedia:元寇 - 御厨海上合戦
にもかかわらず、神風ですべてが終わったかのような伝説が形成されてきたのには、実際の戦場を見たわけでもない京都の公家たちが盛んにそれを言いふらしたこと、敵国調伏の祈祷を行っていた権門寺院の僧侶たちが功を競ったこと、さらには元に逃げ帰った元側の武将たちが敗戦の責任逃れのため「天災による不可抗力」を誇張したこと、などが同時代的な要因として挙げられるかもしれません?
ついでにいうなら、動画でも言われているように論功行賞でもめた元寇。現場の武士ではなく神風のおかげということにしておけば、無い袖は振れない幕府にとっても、都合の良い面がなかったとは限らないかも……しれません?

しかし、もう何百年も昔の話。
当時の直接の利害関係者は誰一人生きてはいないのですから、そろそろ、真実を明らかにして、祖国防衛の真の功労にむくいたいところではあります。その「戦訓」に学ぶためにも、ですね。

「文永の役は水際撃滅」
「弘安の役は艦隊決戦」
そして、何より、
「敵の前に裏切り者を殺さなければ勝てない!」

クラヤマミツル魂の叫びを肝銘しておきたいところでしょうか。

Amazon:
並べて学べば面白すぎる 世界史と日本史
蒙古襲来と神風 - 中世の対外戦争の真実 (中公新書)
蒙古襲来の真実
海底に眠る蒙古襲来: 水中考古学の挑戦 (歴史文化ライブラリー)
北条時宗 (人物叢書)
北条時宗の生涯―そのとき、若き執権は何を思い、どう決断したか


追記:
動画で言及されている「日蓮宗」については、教祖の日蓮が、神風伝説の主役、神風を吹かせた張本人として伝説化されていたりもするようですが。
Amazon:日蓮と蒙古大襲来 [DVD]
服部英雄「蒙古襲来と神風 - 中世の対外戦争の真実 (中公新書)https://amzn.to/2E5z5hL」などによると、実際には、台風を喜ぶ公家や、あまつさえ「自分たちが神風を吹かせた」と宣伝する大寺院の僧たちの不見識を批判していたのが日蓮だという話もあるようです。
軽く検索してみると、
何よりも去ぬる後七月の御状の内に云はく、鎮西には大風吹き候ひて浦々島々に破損の船充満の間、乃至京都には思円上人。又云はく、理豈然らんや等云云。此の事別しては此の一門の大事なり。総じて日本国の凶事なり。仍って病を忍んで一端是を申し候はん。是偏に日蓮を失はんとして無かろう事を造り出ださん事兼ねて知れり
という日蓮の書簡が残っているようで……
これが服部氏の論拠のひとつのようです?(すべてではないのかもしれませんが)
むー。
この文章。「鎮西には大風吹き候ひ」た後に、「凶事」を云々してはいるようですから、神風が吹いたと喜んでいるわけではないらしいことは確からしくも思えます。
ただし、一読して何が言いたいのかかなりわかりにくい文章ですし、服部英雄が主張するほど直接的に「民らの被害」を憂えている文章なのか、これだけでは判断がつきません。そもそも「凶事」とは具体的に何を指しているのか? 単に宗教上の敵である「思円上人」を攻撃し、手柄を奪われそうになって、「一門の大事」を云々しているだけのような気がしないこともないのですが……これが、服部氏の言う、
同時代の人、日蓮も嵐の渦中にいた。 伝聞で「鎭西には大風吹候て、浦々島々に破損の船が充満」と記した。さらに「日本国の大凶事」としている。収穫目前の九州および西日本の人々には、あまりに過酷な被害が出た。神のおかげと喜ぶ貴族たちと、民らの被害を強調する日蓮は、視線が完全に反対だった。
という解釈になるのでしょうか?
まあ台風ですから、つまり日本が被災しているわけで、喜んでいる場合ではない、というのは「言われてみれば」ですが。それが日蓮自身の認識だったのかどうなのか。日蓮を神風のヒーローに仕立て上げたのは、それでは誰だったのか? 日蓮自身の自己宣伝ではなかったのか? 誰か詳しい人、教えてください。というところではあります。
日蓮書簡集
要約すれば、真言の祈祷は一時うまくいったように見えてもあとでかならず災難になるから、きっと蒙古が三度目に攻めてくれば日本はボロ負けになるはずという予言で、真言憎しにコリ固まって愛国心のカケラもないわけで、もっと言い様はないんでしょうか?
宗教を語る:日蓮仏教の研究①(法華経を知る)
従って、日蓮が法華経の力で神風を起し、蒙古軍を海の藻屑にして退散させたと伝承してきた故事は日蓮の特異性のあるプロパガンダに過ぎないと見られています。
服部英雄「蒙古襲来と神風 - 中世の対外戦争の真実 (中公新書)https://amzn.to/2E5z5hL」はなかなか面白い本ではあったのですが、「戦後生まれのワタクシはイデオロギーとは関係アリマセン」と言い張りながら実際にはやたらサヨク的な情念が渦巻いているようにも見えて、鵜呑みにはしかねるものもありました。
何というか、こう……
わたしたち戦後世代は団塊の世代とか、ビートルズ世代とか、全共闘世代とかいわれてきた。全共闘世代といっても、 当時の大学進学者は10パーセント台だったろうし、 反社会的で未熟な戦術をくりかえす全共闘を支持する人は、学生のなかで一割もいただろうか。100分の1か2の存在が、世代を代表するはずは ないが、激しい時代だったが故に、そう呼ばれたのだろう。
と言った舌の根も乾かないうちに、
全共闘は『ラディカルな問いかけ』ということをよくいった。根源的な疑問、問いかけが必要だという意味だと理解している。命題・批判・止揚をくりかえさなければ、社会も学問も進歩はない。科学全体が進展しているのに、検証なき通説・不動の定説など、あるはずはなかろう。だが通説 =多数派を批判すれば、たちまち一人となる。
「連帯を求めて孤立を恐れず」
正しければ、必ず多くの読者が味方になってくれる。
などと、「反社会的で未熟な戦術をくりかえす全共闘」サマのラディカルな姿勢を見習おうとでもいうかのような話になってしまうのですから、よくわからない展開です。