動画概要:
2011/03/19 に公開
作詞 高崎正風 作曲 伊沢修二
日本の国の成り立ちを思わない日本人は日本人ではない。昔はこぞって紀元節を祝ったものだ。学校で高らかに紀元節の歌を歌い、校長の教育勅語を拝聴したのだ。何をやっているんだ今の教育は。
林房雄の「神武天皇実在論https://amzn.to/2E59lSC」を読んでみた。
ムー系のオカルトかと思っていたし、一般的には「偽書」とされる古文書の紹介が長ったらしくてなかなか「論」が始まらずにイライラしたが。
『古事記』も『日本書紀』も西暦八世紀に編纂された新しい歴史の書である。とか、
直木教授は八代の天皇はただ名まえだけしか記されていないから、「天皇家の系譜をひきのばすために、あとから挿入されたものではないか。」と推測しているが、津田博士はまったく逆に、「八代の間には幾代かの歴代君主の名の欠漏があったかもしれぬ。」と書いている。博士は『記紀』の記載の多くが物語であること、事実そのものでないことをくりかえし強調したが、崇神天皇よりはるかな以前に、年代はわからぬが、神武天皇に相当する大君主が実在したことを信じ主張した。とかといった記述は、記紀を日本「最古」の歴史書として崇め奉る向きからはあまり聞いたことのない指摘で、目から鱗ではあった。
縄文時代がどんどん長く古くなりつつある現在。弥生前史がそんなに長いのなら、神武前史の日向時代が瓊瓊杵尊~鸕鶿草葺不合尊のわずか三代しかない記紀の設定も、むしろ短すぎるというべきではないか、という記述もあった気がする。
『上記』はウガヤ朝七十余代の存在と継続を認めているが、『古事記』では初代ウガヤフキアエズが神武天皇の直接の父になっている。この短絡は、省略か忘却か、いずれにせよ、性急すぎて正しくないように私には思える。アマテラスから神武までがわずかに六代とすれば、縄文時代の存在が無視されてしまう。一見すると誇大妄想的にも思えるこうした指摘も、(「富士古文書」や「上記」の真偽はさておくとしても)、それ自体として合理的な疑問のようには思える。
反日歴史捏造に対抗していくことは必須だが、「型にはまった反論」もまた、思考の足枷になる。
それは古代・上代に限るまい。
紀元節に当たって、肝銘したいところではある。。
歴史戦終了。大菅報道官の英語の反論文を読んだが、従来通り日本政府は既に誠実に謝罪して補償している事を強調している。この文章だと日本政府が間接的に慰安婦が性奴隷だったことを認めたと読める。慰安婦が何であったかの立論をせず誠意ある謝罪だけを強調するのは釈明だ。 https://t.co/Q7Eaj8Di4C— 山岡鉄秀 (@jcn92977110) 2019年2月9日
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