2019年02月09日

【動画】すばやく学ぼう!世界の百年 第21回 12世紀の世界 十字軍の侵略とヘタれる宋


チャンネルくらら から。


動画概要:
2015/01/05 に公開
1000年前の宰相の像に「売国奴め」と唾をかける中国人・・!

仲良くなれないし、仲良くしようと思うだけ無駄なヒトタチですね。

ただし、そんな「チャイナ」のなかでも、ヘタレな宋政権のほうは、日本にとって、比較的マシな貿易相手国ではあったかもしれません。
こちらで見た通りやはりチャイナは「カツアゲ」されているくらいがちょうどいいのでしょう。

ちなみに……

漢字というのは当たり前ですがチャイナ由来なわけですが。
音読みの「音」がどうして決まったか、なぜいくつも違った発音があるのか、というと……
その音が伝わってきた時代・王朝によって、違いがあるというのが、大きな要因ではあるようです。
(日本で変形・発生した例もあるでしょうから、それがすべてとは限りませんが)
たとえば「白衣」と書いて、医者は「はくい」と読みますが、坊さんは「びゃくえ」と読んだりしますが。それも元は時代の違いによるのだとか。

ところで、一口に時代・王朝といっても猫の目のようにくるくるコロコロと交代するのがチャイナですから、日本との交流も多かったり少なかったり友好的だったり敵対的だったりと、いろいろでしょう。中には付き合うほどの暇もないまま滅んだ王朝もいくつもあるかもしれません。
が、そのなかで、漢字の音が伝わってきた時代というのは、日本にとって、比較的、深い関係を結んだ時代ではあったのではないでしょうか。

「宋」というのもその一つ。

漢字の字音には、伝わってきた時代によって、唐音、呉音、漢音などがありますが、この唐音というのが、別名「宋音」。別名というか、もともとは「宋音」と呼んでいたようですし、伝来してきた時代を考えれば、そもそも「唐音」のほうがオカシイ気もしますが。(またぞろ何かの「忖度」ですかね?)
Wikipedia:音読み
音読みには呉音・漢音・唐音(宋音・唐宋音)・慣用音などがあり、それぞれが同じ漢字をちがったように発音する[2]。たとえば、「明」という漢字を呉音では「ミョウ」と、漢音では「メイ」と、唐音では「ミン」と読む。

漢音は7、8世紀、遣唐使や留学僧らによってもたらされた唐の首都長安の発音(秦音)である。呉音は漢音導入以前に日本に定着していた発音で、通説によると呉音は中国南方から直接あるいは朝鮮半島(百済)経由で伝えられたといわれるが、それを証明できるような証拠はない。唐音は鎌倉時代以降、禅宗の留学僧や貿易商人らによって伝えられたものである。
慣用音は、上記のどれにも収まらないものをいう。百姓読みなど誤った読み方が時代を経て定着した音読みが多い。
Wikipedia:唐音
唐音(とうおん・とういん)は、日本漢字音(音読み)において鎌倉時代以降に中国から入ってきた字音宋以降の字音である。唐音の唐は、漢音・呉音と同様に、王朝名を表す(唐朝)のではなく、中国を表す語(唐土)である。
室町時代には宋音(そうおん)と呼ばれた。唐音と宋音をあわせて唐宋音(とうそうおん)とも呼ばれる。唐音は呉音・漢音のようにすべての字にわたる体系的なものではなく、断片的で特定の語と同時に入ってきた音である。遣唐使の中止で途絶えた日中間の交流が、平安末、鎌倉初から再開し、室町、江戸を通じてさかんになって、禅宗の留学僧や民間貿易の商人たちによってもたらされた。

学術的には鎌倉仏教の禅宗にもとづく中世唐音(これを宋音と呼ぶ人もいる)と、江戸時代の黄檗宗にもとづく近世唐音に分けられる。
wikiにも一部示唆がありますし、こちらでも書いた通り、日本から宋に留学した道元禅師ら鎌倉仏教の指導者たち、逆に宋から日本に渡って来た無学祖元など、仏教関係の交流もあった時代でした。僧侶というのはつまり知識階級なわけで、当然、漢字文化の流入にも、仏典・経巻の類が大きな役割を果たしたことはいうまでもないでしょう。
ただし、漢字の体系自体はとうの昔に伝来済み、しかも日本流にアレンジしまくっていたわけで、今さら改めて根本から学び直す必要もありません。あくまで、専門用語など特定の外来語として「断片的」かつ「特定の語と同時」に入ってきたのがこの時代でもあったようで。。
その一つの大きな入口が鎌倉仏教だったのかもしれません。
コトバンク:宋音(そうおん)とは
日本における漢字音の一。平安中期から鎌倉時代にかけて日本に伝えられた、宋・元時代の中国語の発音に基づくもの。従来、唐音(とうおん)とされていたものの一部で、主に禅僧によって伝えられ、禅宗関係の語に多い

閑話休題。
何はともあれ……

上の動画に登場した平清盛あたりから、こちらで書いたように、菅原道真以来の鎖国政策が終わりを告げ、日宋貿易が公式に解禁されていくことにもなるわけですが……
宋が「ヘタレ」であり「カツアゲ」国家であったがゆえに、日本との交流も比較的うまくいったのだとすれば、(道真による鎖国のタイミングも絶妙だった一方で)、開国のタイミングもまた、わりと見事ではあったのかもしれません?

切るべきは切り、結ぶべきと結ぶ。
現代の外交にもぜひ必要なセンスというべきかもしれません。
従軍慰安婦問題は天皇の謝罪の一言で解決される-韓国国会議長(Bloomberg) - 「その方は戦争犯罪の主犯の息子ではないか。」この発言が事実なら、いくらなんでも看過できません。 https://t.co/4vmEQxjNq0

— 佐藤まさひさ(正久) (@SatoMasahisa) 2019年2月8日
ロシアのガルージン駐日大使は、産経新聞の斎藤勉論説顧問が北方領土問題に関して行った講演内容に対し、SNSを使って反論した。これに対し、本紙は斎藤氏の再反論を掲載する。

「北方領土」で露大使に再反論 本紙・斎藤論説顧問「降伏後の占領は国家犯罪」https://t.co/GlDSKZrRjl

— 産経ニュース (@Sankei_news) 2019年2月7日

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