2019年02月03日

【動画】すばやく学ぼう!世界の百年 第18回「10世紀の世界 神聖ローマ帝国と ブルガリア帝国」


チャンネルくらら から。


動画概要:
2014/12/15 に公開

倉山さんはバルカン好きですねぇ。。
中二的に面白いのか何なのか知りませんが。

平将門も、関西人的には何で人気があるのかよくわかりません。
産経ニュース:【元号の風景】(5)天慶(938~947年) 東京・千代田区 将門塚 郷土の勇士か、無謀な反乱者か
 「将門塚保存会」の説明板には、貧窮にあえぐ人々を救うために決起したのであり、「歴史上、朝敵と呼ばれながら、実は郷土の勇士であった」「弱きを助け悪を挫(くじ)く江戸っ子の気風となってその影響するところは社会的にも極めて大きい」とつづけている。

 江戸っ子の“子孫”でもない当方としては、すこしばかり疑問符がついた。将門の死後、坂東の各地で疫病や天変地異があいつぎ、人々は将門のタタリと信じこんだ。西国を中心とした菅原道真(すがわらのみちざね)信仰(天神さん)とおなじく、タタリを鎮(しず)めるための御霊(ごりょう)信仰がひろがったのであろう。

 乱を起こした理由も、ハッキリしない。江戸っ子の家系ではないが、東京で生まれ育った作家・大岡昇平は小説『将門記』で「(将門は)新しい支配形態を生み出す発明も実力もなく(略)一度謀叛を踏み切ってからは、坂を転がり出した石のように、止めようがなかっただけの話である」と突きはなすように書いている。これが真相であろう。
個人的には、承平天慶の乱は討伐された側よりむしろ、討伐した側のほうが重要にも思えます。
平泉氏の言うことですから若干大げさかもしれませんが、こちらの引用文が事実なら、将門たちを討伐した官軍側の面々こそ、後に武士の世を作り上げていく武将たちのルーツなのですから。。
承平天慶は朱雀天皇の御代。その前代と次代の醍醐天皇・村上天皇は後世名君として理想化されますが……実態はわりとボロボロだったとも言われています。
だから地方反乱が起こりもすれば、それを鎮圧した勢力の台頭に弾みがつきもするのでしょう。
前九年・後三年・保元の乱などを経て、やがて来る平治の乱の頃には、もはや律令国家が武士の抗争をコントロールしえなくなっている実態が露呈することになりますが……
すでに承平天慶の頃、国風文化華やかなりし平安王朝の盛時の裏で、その予兆はきざし始めていたのかもしれません?

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