2019年01月21日

【動画】すばやく学ぼう!世界の百年 第1回「キリストの正体」


チャンネルくららから。


動画概要:
2014/08/17 に公開
キリストは本当は●●だった!?

このシリーズも、先に元寇の部分だけ見てしまったので、あとは、まあ、という感じですが。
それだけだとさすがにアレなので、一応、1回目から見るだけ見ておこうかと。

といっても、いきなりどーでもいいキャラの話ですが。
まあ、「重要」という言葉は悪い意味でも使えますから、「重要」といえば「重要」なキャラなのでしょうか。
この人がいなければいないで、どうせ別の誰かが似たようなカルトを始めていたのでしょうしね。
カルトの構造や手口には一定のパターンがありますから。。

実際、インドのゴータマさんなどもイエスと「似たような」といえば似たようなことをやった人で。
仏教というのもバラモン教(ヒンドゥー教)内部の異端から出発したような新興宗教ではないでしょうか。

新約聖書が旧約聖書を前提にしているように、仏教もヒンドゥー教を前提にしているようなところがあるでしょう。原始仏典にも悪魔(マーヤ)とか登場しますが、仏教のオリジナルではなく、元をただせば既存宗教のキャラではなかったかと(上座部仏教に限らず、大乗の時代に入ってなお、不動明王の肌の色がなぜああなのかといえば~などという話もあるようです? むしろ大乗の時代に入ってこそあれもこれもどれもと盛大にあちこちの神々を取り入れていったのかもしれません)。
ヒンドゥー教の神々も六道輪廻に苦しむ衆生であり、その神々さえも救うのが仏教だーなどと言いだせば、要はヒンドゥー教に喧嘩を売っているわけですから、当然、正しいヒンドゥー教徒に受け入れられるはずもなく、仏教はインドでは衰退したわけですが。(イエスという「ユダヤ教の改革者」がユダヤ人に受け入れられなかったと同様に)
同時に、ヒンドゥー教という多神教を前提にしているからこそ、それ以外の多神教をも自在に取り込みうる構造になっているのが仏教だとも言えるでしょうか。平安時代後期の本地垂迹説を待つまでもなく、奈良時代以前にすでにいち早く神身離脱説や護法善神説といった神仏習合説を唱えることが可能だったのも、こうした、多神教の土台の上に立つ仏教の構造によるのかもしれません。
そして、多神教の「上」に立とうとする仏教の独善的な傲慢さが、既存信仰との軋轢を生むのも、本場インドと同様、必然というべき気がしますが……しかし、そうした葛藤を経て、なお、インドでは衰退した仏教が、日本では道鏡事件を境に改革・無害化が試みられ、生き延びたわけで。それがよかったか悪かったかは、黄門さまにでも訊いてくれというところですがw

仏教もキリスト教も人種や民族といった個別性を超越して「普遍」「一般」を観念する「世界宗教」ですから、構造は似てくるのかもしれません?
ただし、本当の「普遍」や「一般」など、到達できると思う方が思い上がりであって……
個別性を「超越」するためには、何よりもまず、個別性に存在してもらわなければならないわけですが、その出発点となった個別性がどのようなものであったかによって、自称「普遍」的な世界宗教様とやらの「性格」も、左右されるのではないでしょうか。
仏教は多神教の上に立つと書きましたが、キリスト教が上に立つ土台はそれ自体一神教であるユダヤ教なわけですから……

同じ「世界宗教」でも、日本に先に伝わったのが、多神教ベースの仏教で、まだヨカッタというべきでしょうか。。

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