2018年12月25日

【動画】宗教すら受け入れる国、日本【CGS 斎藤武夫 歴史の授業 第12回】


ChGrandStrategy から。


動画概要:
2018/12/17 に公開
今回は、仏教と聖徳太子についてお話していただきました。

現在でも宗教の対立から様々な争いがありますが、当時の日本も例外ではありませんでした。
隋から伝来した仏教ですが、当時受け入れるか否か激しい争いがあったそうです。

どのようにして仏教は日本に取り入れられたのでしょうか?
その裏側にはあの有名人がいました。

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「宗教すら受け入れる国」ですか。。
自称保守の人はよくこういうことを言いたがりますが……
この寛容自慢が夜郎自大化していくとき、それがいわゆる脳内お花畑にもなるのではないか。
最近はそうも思います。

上の動画で言及されていないトピックとしては、
・聖徳太子が自ら手を汚して物部を滅ぼしていること。
・そのパートナーが蘇我馬子であり、天皇を弑逆したと明記されている、正史上唯一の逆賊であること。
・秀吉の時代のように日本を乗っ取ろうとすれば話は別、と、神谷氏は言うけれども、道鏡はまさしく皇位を簒奪しようとしたではないかということ。
・古代に伝来した外来宗教には仏教だけではなく儒教もあるにもかかわらず、動画はもちろん、日本書紀をはじめ日本の歴史叙述自体に、その受容に対する問題意識が希薄であること。
などが挙げられるように思います。

神谷さんは最近はイシキカイカクとか何とかいうプロジェクトに取り組んでいるそうですが。
少し前までは「龍馬プロジェクト」か何かに取り組んでいらしたかと。
保守派の例に漏れず、幕末維新の志士のことはお好きなのだろうと思いますが。
では、当ブログ恒例のこれ↓を引用しておきましょう。
我が邦は君臣の義、万国に度越す。而るに西竺の説、これを壊り、これを土灰沙塵に帰して止む。而してその端を開く者は、厩戸・馬子なり。http://amzn.to/2DyWc1r
頼山陽は「日本外史」を著して尊皇の志士を鼓舞した儒学者。その息子の三樹三郎は安政の大獄で殺された文字通りの志士でもありました。
そうした江戸時代の志士の仏教嫌いについては、当ブログではしばしば言及してきましたし、「日本書紀」や「続日本紀」を素直に読む限り、そうなるのも当然というか、無理ないことに思えます。
日本のこころを探して:仏教嫌ひの系譜
と同時に、それら江戸時代の志士の基礎教養が儒学であったことも見落とすべきではなく、仏教同様古代に伝来した「儒教」の受容と、「儒学」への転化という、もうひとつの問題にも目配りをしておかなければ、外来思想の来襲について、公平な議論はできないのではないでしょうか。
やや一面的かもしれませんが、こちらで読んだ石平氏の著書などは、硬直しがちな日本人の認識に一石を投じるものだったように思います。

結局のところ、日本は仏教は受け入れたかもしれませんが、それでは、仏教以外の何を受け入れたでしょうか?
儒教? 道教? キリスト教? イスラム教?
信者数は、人口の何%ですか?
これが本当に「宗教すら受け入れる国」でしょうか?
受容の歴史とはつまるところ排除の歴史でもあったのではなかったでしょうか?

良いものは受け入れる、ということは、悪いものは受け入れない、という、断固たる意志と表裏であるべきであって、
和魂漢才も和魂洋才も、当時の国際情勢のなかで、和魂≒日本の国家としての生存をかけた戦いだったはずではないでしょうか。(尊皇攘夷の「攘夷」って何でしたっけ?)
その国家存亡の政治的事情を棚に上げて、仏教という特定宗教の「例外的な受容」をめぐる個別・特殊事例を、あまり一般化しすぎるのは、考えもののようにも思います。
「宗教すら受け入れる国」であること自体がスバラシイのではなく、「宗教(という害毒)すら(表面的に)受け入れる」ことで「国」にとって本当に大切なものを守ろうとした……という話なら、わからないでもありませんが。言葉にするとあまりに高度な戦略すぎて、我田引水のような気もしないでもありません。

しかも、まさにその「国家」に関する正当な意識・認識を意図的に解体されつづけてきたのが戦後日本であってみれば。。
その国家意識の喪失のあげくに、外来思想への寛容性を主張しても、片手落ちの自己満足に陥るだけ、かえって危険のようにも思います。
何をどこまでなら受け入れてよく、何は決して受け入れてはいけないか。そのけじめを可能にする基準、足場を、私たちは、なお、保持しえているでしょうか?

真贋には疑義も提出されていますが、聖徳太子は『法華経』・『勝鬘経』・『維摩経』の三経について解説書(義疏)を著しています。
Wikipedia:三経義疏
それだけ深く仏教を理解された。ということは、つまり、仏教という思想と真剣勝負の知的格闘をくりひろげられたということでしょう。
ひるがえって現在、安直な寛容を売りにする自称善意の人々の、いったい、どれほどが、そうした格闘を経ているでしょうか。。
日本人は寛容です~とヘラヘラしながら、安易なオ・モ・テ・ナ・シを競う光景に、誇らしさよりむしろ危惧を感じるのが、性根の腐った私の個人的妄想にすぎないのであれば、よいのですが。。

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posted by 蘇芳 at 20:29|  L 「CGS 斎藤武夫 歴史の授業」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする