2018年12月22日

双つの貌

こちらで引用したように、井上毅は「シラス」と「ウシハク」を対比させて、天皇統治の本質を前者としたという。
御国にては、古来、此の国土人民を支配することの思想を何と称へたるか。古事記に建御雷神を下したまひて大国主神に問はしめられし条に、汝之宇志波祁流葦原中国者我子之所知国言依賜とあり。うしはくといひ、しらすといふこの二つの詞ぞ、太古に、人主の国土人民に対する働きを名けたるものなりき。さて一は、「うしはく」といひ、他の一は「しらす」と称へたまひたるには、二つの間に差めなくてやはあるべき。大国主神には、汝がうしはけると宣ひ、御子のためには、しらすと宣ひたるは、此の二つの詞の間に雲泥水火の意味の違うことゝぞ覚ゆる。
その結論自体におおむね異議はないが。
ただ、そうした議論があらためて必要だったということは、裏を返せば、その結論が必ずしも万人にとって自明のものではなかったということでもあるだろう。
現にこちらで引用したとおり、真木和泉は天皇統治を「うしはく」のそれであるとして御親征を企て、決して少なくない同志・賛同者を得た。

井上毅はシラスと言い、ウシハクと言った。
福沢諭吉は「帝室は万機を統るものなり、万機に当るものに非ず」と言った。
美濃部達吉は天皇機関説を説き、穂積八束や上杉慎吉は天皇主権説を説いた。
先だってこちらで言及した竹山道雄は、それを機関説的天皇統帥権的天皇と呼んだ。
こちらの動画で倉山満は、それを「立憲君主」と「専制君主(≒傀儡)」と呼んだ。
今谷明なら、前者を権威と言い、後者を権力と言うのだろうか。

対立する双つの天皇観が、唱えられ、検討されてきた。

日本の歴史の中にあって、基本的に前者の立憲主義的機関説的天皇が天皇の「常態」であったことに間違いはないだろう。
しかし、「常態」だけでは間に合わない「非常」の時期が、日本史上に絶無だったわけでもないだろう。
後醍醐天皇の親政は無残な失敗に終わったが、後醍醐天皇なかりせば討幕は不可能だったかもしれない(討幕自体の是非はともかく)。
昭和天皇は立憲君主として自らを律しておいでだったが、御生涯に二度だけその範囲を逸脱あそばされたことがある。そしてその「逸脱」がなかったなら、日本はどうなっていたかわからない。
明治維新は言うに及ばず、摂関政治の昔から、昭和の右翼者流の左翼まで、輔弼の臣の政権が腐敗するたび、天皇親政を待望する声は、くりかえし挙がってきたし、それが実際に時代を変革する結果に結びついたことも、絶無というわけではないのだ。

つまるところ、立憲主義的な天皇不親政は、天皇にとって日本にとって、「より」望ましい在り方には違いないが、「常に」「絶対的に」望ましものであるとまで断言はできないのではないか?
99%まで前者が正しいとしても、残る1%の可能性として、後者の必要性もまた否定しきることはできないのではないか?
天皇親政は(建武中興の失敗が示す通り)平時の恒常的な統治原理としては好ましくないが、抜き差しならない最終局面を打開する、瞬間的な緊急避難的な「非常の措置」としての可能性まで否定されるべきものではないかもしれない。というか、否定したくてもできないものかもしれない。

伝家の宝刀は抜かないことに意味がある。
とはいえ、伝家の宝刀が抜くこと自体のできないフェイクであっては、やはり、意味がない。

問題は、そうした「非常の措置」が、しばしば、(上記の倉山満の言で言えば)天皇の「傀儡」化を意味してしまいかねないことだろう。
「錦の御旗」「勝てば官軍」「玉」「幼仲の天子」「下からの叡慮」……そうした現象は幕末維新のころにもざらにあった。
同じく「維新」を唱えながら、天皇を顎で使って社会主義革命を起こそうとしたのが昭和の青年将校とも言えなくはない(竹山道雄はそれを「天皇によって「天皇制」を仆」すと形容した)。

天皇不親政の伝統に対して、天皇親政の可能性は、常に潜在している。
むしろ天皇親政の可能性を留保あそばされることによって成立しているのが天皇不親政の伝統でもあろう。
「天皇」には双つの貌がある。
その事実までは否定できない。
究極において和魂と荒魂は不可分なのだ。

輔弼の臣がなすべきことは、専制的統帥権的天皇権力の発動を必要とするような「非常」の事態に陥らないために、全力を尽くすことだろう。
しかし、「全力」を以て「万全」を尽くしても、なお、ままならないのが政治というものでもあるだろう。
不測の事態は常に起こりうる。
天皇は立憲君主であらせられると呪文を唱えるだけで、立憲制が維持できるなら楽なものだが、残念ながらそうではあるまい。
「非常」の措置とは何か。いつ誰がそれを判断するのか。その措置をあくまで一時的な「非常」の緊急避難的な措置にとどめて決して常態化しないためにはどうすべきか。立憲君主論はその想定さえも視野に入れておく必要がありはしないか。(明治維新の凄さ凄まじさはある意味その変わり身の早さにあるとも言えまいか)

有事の可能性は、平時のうちに想定し、備えておかなければならない。
最悪の事態を防ぐためにこそ、最悪の事態への想像力は不可欠ではないだろうか。

日本が戦争を放棄しても、戦争は日本を放棄しないのだから。

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posted by 蘇芳 at 16:01| 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする