2018年11月15日

【動画】日本人だけが知らないインテリジェンス~米国「ディープステート」の内幕を明かす」柏原竜一 秋吉聡子


チャンネルくらら から。


動画概要:
2018/11/14 に公開
「ディープステート」とは?外交政策の国内基盤となるシンクタンクのうちの一つ、CFR(外交問題評議会)について解説します。

ヴェノナ文書やゾルゲ事件を通して、FDRの正体や日米戦争の「黒幕」については声高に語る人が増えてきましたが。
しかしFDRにしろスターリンにしろ、その時突然天から降ってわいたわけではなく、そこへ至る前史があったはずでしょう。
ちょうど今年は第一次大戦終結100年とかで、パリの式典には日本からも麻生財務相が参列したそうですが。
産経ニュース:
パリで大戦終結記念式 米露など70カ国・国際機関の首脳が参加
【主張】第一次大戦100年 協調だけで平和は保てぬ
自称右寄りの愛国者も含めて、日本においては、この第一次世界大戦前後の時代について、少々、忘れられがちではないでしょうか。

しかし、ロシア革命によってソ連なる共産主義国家が成立していなければ、スターリンの台頭もなかったかもしれませんが、そのロシア革命が起きたのもこの大戦中ですし。
ドイツ人のリヒャルト・ゾルゲが社会主義に感化されついにはソ連のスパイにまでなっていくのも、元をただせばこの大戦で負傷したことがきっかけです。
Wikipedia:リヒャルト・ゾルゲ - スパイになるまで
1914年10月に第一次世界大戦が勃発すると、ゾルゲはドイツ陸軍に志願した。1916年3月に西部戦線で両足に重傷を負い、入院していた時にキール大学で社会学を専攻する従軍看護婦から社会主義理論を聞かされる。

1917年11月にロシア革命が起こり、ゾルゲは衝撃を受ける

そもそも、この大戦まで、世界の覇権国は大英帝国であり、日本はその同盟国でもありました。
それがなぜああも急転直下、転落の道をひた走ったのか。
戦後レジーム脱却を云々するのなら、そこまで遡って問い直すべきかもしれません。

FDRがスターリンにつけこまれたとするならば、いわゆる「宣教師外交」のウィルソンは、どうだったか? 米国リベラルのルーツそのものというべき愚劣さを、きちんと分析しておくべきではないか?
また、同様にスターリンにつけこまれた日本にも、やはり、ある種の「理想主義」という弱点が存在しなかったか? そして「昭和研究会」や「朝飯会」のような勉強会・交流会が、やはり、政策決定に影響を与えていなかったか?

この時代について、日本では「戦前」という言葉が一般的ですが、それは、国際的にはむしろ「戦間期」といったほうが適切な時期であるようにも思えます。
その「戦前」なる用語が、当時の国際社会の現実や各国の動向の歴史から、私たちの目を背けさせる結果になっていなければよいのですが……

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