2018年10月31日

【動画】「日本人だけが知らないインテリジェンス~石原莞爾はどこで間違えたのか」柏原竜一 倉山満 秋吉聡子


チャンネルくらら から。


動画概要:
2018/10/31 に公開
日本のエリートはなぜ誤った判断を下すのか?
パート1:石原莞爾

石原莞爾というとやたら理想化する人もいますし、この人が総理大臣だったら~とまで言っている人も見た記憶がありますが。
実際に「世界最終戦争論」などを読むと、完全にオカルトの人だったりもしますのでドン引きです。
日米戦争を予測した~スゴイ~などと言いますが。第一次大戦の前から日米戦争をネタにした仮想戦記とかはいくらも書かれており、日米双方で衝突を予測する空気は蔓延していたとか何とか(Amazon:複合戦争と総力戦の断層―日本にとっての第一次世界大戦 (レクチャー第一次世界大戦を考える))。
だいたい艦隊派だ条約派だとさんざっぱら大騒ぎしていたのは何だったんだというか何というか……「文明の衝突」的な大雑把な予測くらいなら、多少の常識と想像力があれば誰にでもできたかもしれません?

石原の「予言」が、衆に抜きんでてスゴイと言えるためには、その推論の過程にどれほどの説得力があるかどうかが問われるべきだと思いますが……
上の動画で倉山氏が言うようにナポレオン戦争の分析もアレですし、そもそも「世界最終戦争」は第五章に至るや、それまでの議論(?)をかなぐり捨てて、日蓮の予言に帰着してしまいます。
 そして日蓮聖人は将来に対する重大な予言をしております。日本を中心として世界に未曽有の大戦争が必ず起る。そのときに本化上行が再び世の中に出て来られ、本門の戒壇を日本国に建て、日本の国体を中心とする世界統一が実現するのだ。こういう予言をして亡くなられたのであります。
日蓮聖人の教義は本門の題目、本門の本尊、本門の戒壇の三つであります。題目は真っ先に現わされ、本尊は佐渡に流されて現わし、戒壇のことは身延でちょっと言われたが、時がまだ来ていない、時を待つべきであると言って亡くなられました。と申しますのは、戒壇は日本が世界的な地位を占めるときになって初めて必要な問題でありまして、足利時代や徳川時代には、まだ時が来ていなかったのです。それで明治時代になりまして日本の国体が世界的意義を持ちだしたときに、昨年亡くなられた田中智学先生が生まれて来まして、日蓮聖人の宗教の組織を完成し、特に本門戒壇論、即ち日本国体論を明らかにしました。
歴史学者の間ではむずかしい議論もあるらしいのですが、まず常識的に信じられている仏滅後二千四百三十年見当という見解をとって見ます。そうすると末法の初めは、西洋人がアメリカを発見しインドにやって来たとき、即ち東西両文明の争いが始まりかけたときです。その後、東西両文明の争いがだんだん深刻化して、正にそれが最後の世界的決勝戦になろうとしているのであります。
これをノストラナントカさんと変わらないレベルのオカルトだと思うのは私だけでしょうか? むしろ、一九九九年七の月と具体的なだけ五島勉さんのほうがナンボかマシかもしれません。末法思想が平安時代に盛んだったことは有名ですが、石原サンときたらさらにン百年もサバを読んでその「末法の初め」を「西洋人がアメリカを発見しインドにやって来たとき」に無理やりこじつけています。こんな「論法」が通用するなら何だって言い張ることができるでしょう。
しかもこれだけ「権威」づけた予言を、敗戦後、簡単に「修正」(最終戦争を戦うのは日米じゃなくて米ソでしたテヘペロ)するに至っては……何というか、まあ、その、「宙に浮いていた」と言われても仕方ないかと。

しかし石原に限らず、日蓮宗系のオカルトというのは戦前日本でわりと猛威をふるったらしく……田中智学はもちろん、木村鷹太郎、鷲谷日賢、井上日召、宮沢賢治、江川忠治、そして北一輝、などなど。検索すればいろいろアヤシイ人脈が浮かび上がってくるようです?
そういえば永田鉄山を惨殺した相沢三郎なども、兵舎で太鼓を叩いて題目を唱えていたので周りに迷惑がられたという話がありますね……。彼が石原に弁護を頼んだのも(何者かに妨害されて実現しませんでしたが)軍の人脈というより信仰上のつながりが関係していたのかもしれません?
そうした文脈で考えてみれば、北や相沢と信仰を同じく(?)していた石原が二二六事件を弾圧する側にまわったというのも皮肉な話。昭和天皇が不思議がられたのも無理もないというところですが。しかも、なお、その石原を慕う自称愛国者が、同時に二二六の叛徒の崇拝者だったりすることも珍しくなかったりするに至っては、さらにまた不思議な話というべきかもしれません。

要するに今も昔もグチャグチャですな……

ついでに言うなら、石原莞爾。派閥に属さなかった独立独歩、といえば聞こえはいいですが。要は協調性が無くて左右両方から孤立していただけともいえなくはないわけで(皇道派の真崎・荒木にも、統制派の東條にも、無用の喧嘩を吹っかけたのは石原のほうではなかったかと)。
ノートに「予言」をびっしり書きこむ才能はあったかもしれませんが、それって要は中二病…という気がしないでもありませんし、さて、国の命運を託せるほどの「人物」だったのかというと、現時点では疑問に思います。
(部下には慕われたらしいですが、調子に乗らせてコントロールが利かなくなっていれば本末転倒。「閣下と同じことをしているだけです」でしたっけ? 人のふり見てナントヤラ。荒木の悪口言ってる場合ですか)

もちろん、石原閣下が万能の天才であり英雄であったと示すべく、私の知らない材料が後からいくらでも出てくる可能性はありますが……むしろ出てきてくれませんかねぇ。。

上の動画のような、本当にそんな抜け作しかいなかったのかと思うと、当時の日本が陸軍が、情なくなります。しかもその陸軍でさえ(動画でもインドネシアの件が触れられていますが、秋丸機関の件なども含めて)、実際に植民地をいくつも解放して、終戦まで勝った状態を維持しつづけていただけ、中途半端なハワイ奇襲で米国に喧嘩を売ったあげく、インド洋そっちのけで太平洋ではしゃいで大敗した海軍に比べれば、マシだったかもしれないと思えば……正直、頭が痛いですが。

隠蔽された歴史の真実ガー、石原閣下の救国の真意ガー、実は世界最強だった帝国陸海軍のインテリジェンス~、とか、ならんものですかねぇ。

せめて歴史の教訓に学んで、日本のインテリジェンスが立て直されることを願うばかりです。「今からでも遅くありませんから」ガンガレ日本版NSC。というところでしょうか。。

Amazon:
最終戦争論 (中公文庫BIBLIO20世紀)
戦争史大観 (中公文庫BIBLIO)
石原莞爾の変節と満州事変の錯誤
石原莞爾国家改造計画―秘められた「満州備忘ノート」の全貌 (光人社NF文庫)
石原莞爾と二・二六事件
学校では教えられない歴史講義 満洲事変
インテリジェンス入門