2018年10月11日

【動画】森田必勝の精神【CGS 神谷宗幣 村田春樹 第123-2回】


ChGrandStrategy から。


動画概要:
2018/10/02 に公開
前回に引き続き、政治活動家の村田春樹さんにお越し頂きました。今回は村田さんが書かれた本のタイトルにも入っている「森田必勝」にフォーカスしてお話を伺いました。三島由紀夫、森田必勝はどのような思いで活動していたのか、詳しくお話いただきました。

現行似非憲法がゴミだというのは言うまでもなく、9条だけが問題ではないのも言うまでもない。
「平和を愛する諸国民の公正と信義」だの「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」だの、前文からして現実完全無視のファンタジー=嘘八百。
しかもそれは米国製の憲法ですらない。GHQに潜んでいた共産主義者(民政局はもちろんノーマンやシロタも含めて)の手になるソ連製の憲法でしかないことは今となっては明らか。

そう、「今となっては」明らかなのだ。
だが、当時、それはどれほど理解されていたのだろう?

三島たち自身は、あるいは、理解していたのだろうか。
(WGIPがソ連製であることはさておき、少なくとも当時目の前でくりひろげられていた学生運動を裏で操っている連中が何者かくらいは、当然、洞察していたはずではあるだろうか)
しかし、それを、説得力ある言葉で語ることはできたのだろうか?

「日本」についてやたら語りまくる一方で、日本人の堕落について口をきわめて痛罵する一方で、その堕落を意図的に仕組んだインテリジェンス戦争の内幕について、GHQのピンカーズについて、ソ連について、三島たちがストレートに語ったことは、どれくらいあるのだろう?
三島のエッセイをたいして読んだわけでもない私には答えることができない。
だが、三島に心酔する人たちが、三島の行動を証するために引用する文章が、決まって、(動画でも引用されている種類の)、日本自身の精神を問うような、政治的というよりむしろやたらにブンガク的な悪口ばかりであることは、間違いないようにも思える。

それで現実政治的な結果を求めるのは贅沢というものではないか。
三島たちの行動が、所詮、「美学」や「文学」の範疇のそれにすぎないと片づけられ、真面目な「政治」的活動だったと受け止めてさえもらえなかったとしても、当然というべきではないか。

私は三島嫌いだからそれでもいいが、三島を愛する人たちはそれでよいのか?

ちなみに一説には、一時期まで、三島はかなり本気でクーデターをやる気だった。自衛隊内にも一部同調者がいた。盾の会も100人規模で参加する予定だった。しかしそれが「挫折」した。実際の決起が、あのような、あたかも人騒がせなパフォーマンスでしかないかのような形になったのは、そのためだ、という……事実かどうかは知らないが、そういう話もないではないようだ。そして三島がそのような行動に駆り立てられた理由も、ただの「美学」ではなく、共産主義の間接侵略という現実政治の状況やその対処を考えぬいたうえでのことだった、と、主張する向きもあるようだ。
独立運動家になろう!:中学生のための三島由紀夫入門
真偽のほどは知らないが、もしもそれが事実とすれば、憲法への体当たりも、本来の主目的ではなく挫折後の次善の策だったことになるし、三島事件は(少なくともその本来の意図は)単なるブンガクや美学の自己満足ではなく、当時の政治状況からして十分な「現実性」「合理性」を備えた「政治」だったことにもなるかもしれない(クーデターという手段の是非は別にして)。

であれば、三島支持者こそ、「文学」や「精神」や「情緒」に還元するのではなく、当時の「状況」を踏まえたうえで、その「方法」や「論理」をこそ、(その挫折や誤謬も含めて)、もっと現実政治的に語るべきではないのだろうか。
オマエラ精神がなっちょらん~、などと、いつまで言っていれば気が済むのか。三島たちを、方法なき精神のカリスマに仕立て上げてしまえば、似非保守の扇動に利用されやすくなるだけのことではないだろうか。

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わが思想と行動 遺稿集
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火群のゆくへ―元楯の会会員たちの心の軌跡 (柏艪舎ネプチューンシリーズ)
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posted by 蘇芳 at 22:23| 昭和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする