2018年07月26日

【動画】「沖縄 久高島のイザイホー-第2部-」東京シネマ新社1979年製作


NPO法人科学映像館 から。


動画概要:
2014/02/14 に公開
作品概要

制作:東京シネマ新社
企画:伝統文化財記録保存会、下中記念財団EC日本アーカイブズ
1979年 カラー 48分

これは1978年に沖縄県知念村久高島で行われた、イザイホーの克明な映像による記録です。 第1部は、イザイホーまでの1カ月間の準備から祭りの第3日目までを。第2部は、最も華やかな第四日と祭りの後片づけから祭り後の最初の年中行事であるフバワクまでを収めています。

制作協力

東京シネマ新社、比嘉康雄

スタッフ

プロデューサー:岡田桑三、岡田一男
演出:岡田一男
撮影:谷口常也、淵上拳、草間道則、堀田泰寛
Wikipedia:イザイホー 、 久高島

7:50頃~でしょうか。前回、さらっと名前だけ出しておいた斎場御嶽(せーふぁーうたき)が言及されています。
沖縄本島の東南に隣接する久高島。首里から見れば、「ニライカナイの浪の重浪帰する傍国」にでも当たるのかもしれません?

まあ、それは冗談として。

太平洋に面した伊勢神宮もそうですが、日出国にとって、本来の聖地は、やはり、西方浄土などではなく、の海の彼方にあるのではないでしょうか。
記紀にも神道にも「常世」の具体的イメージは乏しいですが。その原像は、あるいは、それこそ、ニライカナイあたりの、南洋の信仰にあるのかもしれません?
縄文土器や勾玉や、バナナ型説話や海神国訪問譚、東征ルート上の海人関連の地名などなど。日本の来歴には海の民の刻印が色濃く残されていますし……「ニライ」「ニルヤ」が転訛して、「ミミラク」「ミロク」になったという、柳田国男の説などもありました。

さらに付け加えると、反日玩具の邪馬台国。
曲学阿世の玩具にされたせいで、私たちの思考は、ついつい、九州説と畿内説のどちらかに固定されてしまいがちですが。魏志倭人伝の例の水行何日陸行何日を余計な解釈をはさまず素直に読んでいくと、九州よりもさらに南(の海上)に行き着くとか何とか。そこで海底遺跡でムーでアトランチスだとか言いだす人がいるのでオカルト扱いされがちですが。誤差込みの行程に、それこそ九州説や畿内説並みの「修正」を加えれば、それが沖縄を指していると考えることに、九州説や畿内説以上の無理はないはずですし、そもそも邪馬台国が「年間を通じて温暖」という魏志の記述にも、畿内説などよりは、よほどうまく合致するのかもしれません。
「邪馬台」がつまり「ヤマト」であり、「ヒミコ」が本来「日御子」や「日巫女」ででもあったとするなら……と、思わず想像したくもなるというもの。

だからといって安易に結論を急ぐべきでないことは言うまでもありませんが……

最近は科学的な年代測定法も進歩しているでしょうし、DNA情報からの人種的ルーツなどもあれこれ取り沙汰されているとか。
時とともにデータは蓄積されつつあり……とすれば、あとは肝心なのはその「解釈」。
重層的な日本の精神の古層が、旧態依然の反日イデオロギーから解放され、自由かつ冷静かつ論理的に解明されていくことを期待したいところです。

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ラベル:沖縄
posted by 蘇芳 at 20:20| 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする