2018年07月20日

【動画】【日本遺産】祈る皇女斎王のみやこ 斎宮 PV


bunkachannel明和町公式動画 から。





動画概要:
1)2017/03/06 に公開

2)2016/12/26 に公開
三重県明和町の日本遺産「祈る皇女斎王のみやこ 斎宮」のプロモーションビデオです。斎王はじめ3人の女性たちが案内する日本遺産の魅力満載の映像はもちろん、明和町出身の作曲家で観光大使の長岡成貢さん作曲の音楽がとても素敵です。ぜひ、みなさんで視聴してみてください♪
日本遺産ポータルサイト:祈る皇女斎王のみやこ 斎宮

斎宮については明和町の公式動画含めてさんざっぱら見てきましたので、今さら特に言いたいこともないですが……一応、これも日本遺産ということで。文化庁方面のPVも軽く貼っておきます。

文化庁の動画は1分程度の短いものですが。この制度に力を入れている(らしき)自治体では、独自にPV等作ってUPしているところもあるようで。中でも明和町はかなり気合の入っている方でしょうか。
すでに視聴したシリーズ動画もありましたし……
今回のPVも、BGMがオリジナルだそうです。他の自治体は、自治体オリジナルの動画はさておき、文化庁方面で公開用のPVについては、共通のBGMですませているところが多いのですけどね。(先だっての淡路島も。上が文化庁の動画で共通BGMが使用されています)

こちらなどでもちらっと言及しておいた通り、国史跡「斎宮跡」は東西約2キロ、南北約700メートル。総面積は約137ヘクタールに及ぶ広大な区域で、史跡内には約600世帯が居住しているとか。
戦後の造成計画~保存運動の経緯はもちろん、戦前にも、明治以来、斎宮復興の運動等はあったとか。(こちらで書いておいたように、「斎王の森」は、かつて、斎宮村の共有地であり、地元住民30名の名義で登記登録されていたそうですが……その集団登記自体、明治時代に、斎宮跡伝承地を後世に伝え続けるための運動の一環だったとも耳にします)
天皇の御代ごとに皇族女性をお迎えしてきた栄えある土地。にもかかわらず、時代の変化に置き忘れられ、あげく、こちらで書いたように渡会氏に歴史をねじ曲げられさえしてきた気配が濃厚な斎宮制度。
心ある地元民の思い入れには、別して、深いものがある…のでしょうか?
(その気合いが空回りしなければよいですが……何せ行政のやることですから💧)

こちらで書いたように、宮中で天皇に対して行われる元旦の拝賀=朝賀は、天皇の他に、唯一、(皇后でも皇太子でもその他皇族でもなく)、伊勢の斎王に対して行われていたという記録があるとか。
さらに言うなら、そもそも、伝説的な初代斎王とも呼ばれる倭姫命は、こちらで指摘した通り、本来は。伊勢神宮そのものの創祀者でいらっしゃったはず。
つまるところ、国家祭祀の中枢を司る、天皇の分身とも呼ぶべき、重要かつ神聖な存在、それが本来の斎王だったのではなかったでしょうか。
にもかかわらず、時代の変化とともに、その本来の存在意義が忘れられ、ついには廃絶の時を迎えたのも、斎宮制度でした。

伝統というものもまた、時代を越えて存続していくためには、時代に応じて変化することを強いられるものでもあるのかもしれませんが……
裏を返せば、消えていった伝統の中には、「変化」を受け入れる以前の、より古い形の伝統を(たとえ残滓としてであっても)読み取ることもできるようにも思います。
(特に斎王や斎宮といった存在には、それこそ、こちらで妄想した、ヒコヒメ制の残響を、聞き取ることもできるのではないかと)

皇室の宗廟として日本人の総氏神として、伊勢神宮が、今なお「現役」の神社として存続しつづけていることの価値はいくら強調してもしすぎることはありませんが……取り戻し、保守すべき「日本」とは何かを考えるためには、その神宮に隣接して歴史のはざまに消えていった「幻の宮」の存在にも、あらためて思いを致してみるべきなのかもしれません。

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神に仕える皇女たち―斎王への誘い―
日本遺産
posted by 蘇芳 at 20:27|  L 斎宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする