2018年07月13日

【動画】[美しき日本] 岐阜 佐藤一斎


本居宣長は儒教の「からごゝろ」を排斥しましたし、儒教が本来易姓革命の支那思想である点から言えば、その排斥にも相当程度の説得性があるように思います。
しかし、その一方で、藤田東湖、山鹿素行、大塩平八郎、山崎闇斎、頼山陽、佐久間象山、吉田松陰、などなど。名だたる江戸の思想家、特にいわゆる志士に影響を与え、直接間接に国難克服≒明治維新に貢献した思想家のほとんどが、儒学者であったこともまた事実。
現代のサムライを自称する似非保守がしばしば宣長の「やまとごゝろ」と松陰の「大和魂」の区別さえ曖昧にしようと企てることには違和感を覚えますが……愛国詐欺師のミスリードに騙されないためにも、儒学とは何か、国学とは何か、を自分なりに整理しておくことは必要であるように思います。

しかし、何を読めばいいのか? 

あくまで個人的な嗜好の問題ですが、支那思想としての儒教そのものには、違和感や嫌悪感、警戒感も根強くあります。宣長的な視点を踏まえればなおさら。
にもかかわらず、儒教もまた間違いなく日本の「こころ」の一角を形成してきた成分の一つであるとするならば……単に儒教そのものではなく、日本の先人はいかにしてそれを受容し、変容させ、無害化・有益化しようとしてきたのか。その作業にどの程度成功し、どの程度失敗してきたのか。外来思想の受容の仕方にこそ注目すべきかもしれません。(仏教や西洋文明についてもよく言われることですが、儒教も外来思想なのですから同様な作業は経ているはず)

とすれば、個人的には……儒学以外にも幅広い見識を持つ日本人が、儒学をも十二分に咀嚼したうえで、特定のテーマに拘束されず、広範な題材について、網羅的に意見を述べた、箴言集や言行録のようなもの、いわば日本版論語のようなものがあれば、読んでみたいかもしれません。
しかしありますかね? そんな都合のよい本が?


動画概要:
2013/06/11 に公開
道を究めた師の教えは、人を導き、志を育て、国を変える力となりました。

幕末から明治にかけ、多くの人々に影響を与えた儒学者・佐藤一斎の教え

江戸時代、岩村城(「日本三大山城」の一つ)を藩庁として栄えた岩村藩は、藩士の育成に力を注ぎ、日本を代表する儒学者・佐藤一斎を輩出しました。
一斎は藩の家臣として仕えた後、江戸幕府直轄の学問所「昌平黌(しょうへいこう)」の総長となります。数千人ともいわれる門下生の中には、幕末志士らの姿もありました。西郷隆盛も愛読したといわれる一斎の『言志四録』の中には、今もこの地の子どもたちに伝えられている教えがあります。「少にして学べば、則(すなわ)ち壮(そう)にして為す有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。
老いて学べば、則ち死して朽(く)ちず。(若いうちに学べば大人になった時に何事か成すことができ、大人になって学べば老いても気力が衰えず、老いてから学べば社会の役に立ち、死んでも名が語り継がれる)」(言志晩録60条)。
幕末に日本の夜明けを切り拓いた一斎の教えは、今もこの国の未来を見守り続けています。

GoogleMap
http://goo.gl/maps/W966N

Present by 恵那市(制作2012年7月)
産経ニュース:【解答乱麻】成人年齢は18歳に引き下げられたものの…人を大人たらしめる教育の不在 バッカーズ寺子屋塾長・木村貴志
産経WEST:【ベテラン記者のデイリーコラム・安本寿久の先人めぐり】佐藤一斎(2)現代っ子が読む「言志四録」 幕府の“東大”総長の苦杯

昌平黌の儒官にまで上り詰めた人ですから、「教え子」の数もケタが違うでしょう。
動画にも名が挙がっていた佐久間象山のほか、横井小楠、中村正直なども、佐藤一斎の弟子といってよいのだとか。
象山門下からは吉田松陰が輩出され、その松陰の弟子たちは直接的に明治維新の原動力ともなりましたが。中村正直などは、そうして維新がなったあとの世の中に、スマイルズの「西国立志編」やミルの「自由之理」を訳出して大きな影響を与えています。
討幕維新も、その後の世相も、共に思想的ルーツは幕府直轄の学問所、というのも、単純素朴な薩長史観だけでは割りきれない幕末の混沌をあらわしているようで興味深いですが。
影響力という意味では、最強クラスの「日式儒学」の大家かもしれません。

昌平黌の儒官にまで上り詰めようというのですから、単なる専門バカでもないでしょう。儒学以外の論敵をも向こうに回して立ち回るくらいの広範な教養はあって当然。
その大学者が、人生経験を積んだうえで(論語的に言うなら「不惑」を迎えた後で)、倫理道徳・学問修養・政治法律・処世訓・軍事・歴史・教育・衛生etcetc、それこそ人生・社会の全般にわたる広範な題材について、数十年にわたって箴言を連ねた四冊の著述(「言志録」「言志後録」「言志晩録」「言志耋録」)の総称が「言志四録」。
西郷隆盛の愛読書、というキャッチーな触れ込みは別にしても、近代日本の精神を把握する上で、避けて通るのはもったいないに違いなさそうかもしれません。

冒頭でも書いた通り、易姓革命の過激思想には、個人的に、嫌悪感も強いのですが……
しかし、聖徳太子の冠位十二階にはすでに儒教の徳目が採用されているわけですし、儒教・儒学も、その受容・変容の歴史は、仏教に負けず劣らず1000年以上の長きにわたっているはずです。
その1000年の歴史について無知であることは、それこそ、易姓革命の過激思想に対して無防備になることでもあるかもしれません。
ならばとりあえず、その受容・変容の到達点ともいうべき、江戸時代の日本の儒者の言葉にくらいは、一度、目を通しておくに如くはないかもしれません。一口に儒教・儒学といっても、日本人の著作になら、支那の原典とは違う、日本の「こころ」もまた、こめられているのかもしれませんしね。。
>以三代以上意思 読三代以上文字
>(三代以上の意思を以て、三代以上の文字を読め)
「言志録」

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言志四録(1) 言志録 (講談社学術文庫)
言志四録(2) 言志後録 (講談社学術文庫)
言志四録(3) 言志晩録 (講談社学術文庫)
言志四録(4) 言志耋録 (講談社学術文庫)
座右版 言志四録
西郷南洲遺訓―附・手抄言志録及遺文 (岩波文庫)
小説 佐藤一斎
posted by 蘇芳 at 21:20| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする