2018年06月18日

【動画】日本遺産~祈る皇女斎王のみやこ 斎宮~1大淀


明和町公式動画 から。


動画概要:
2017/05/08 に公開
平成27年4月 文化庁が新たに創設した制度「日本遺産」に明和町が申請した「祈る皇女斎王のみやこ 斎宮」が認定されました。この番組では「祈る皇女斎王のみやこ 斎宮」を語る上で不可欠な文化財群をご紹介します。第1回目は「大淀」です。

「日本書紀」垂仁天皇二十五年三月の条には次の有名な一節があります。
三月の丁亥の朔丙申に、天照大神を豐耜入姬命より離ちまつりて、倭姬命に託けたまふ。爰に倭姬命、大神を鎭め坐させむ處を求めて、菟田の筱幡に詣る。筱、此をば佐佐と云ふ。更に還りて近江國に入りて、東美濃を廻りて、伊勢國に到る。時に天照大神、倭姬命に誨へて曰はく、「是の神風の伊勢國は、常世の浪の重浪歸する國なり。傍國の可怜し國なり。是に國に居らむと欲ふ」とのたまふ。故、大神の教の隨に、其の祠を伊勢國に立てたまふ。因りて齋宮を五十鈴の川上に興つ。是を磯宮と謂ふ。則ち天照大神の始めて天より降ります處なり。
愛国系・保守系の言説で伊勢神宮といえば、ナントカの一つ覚えのごとく引用される神勅でしょう。

この神勅が降された場所、書紀では「伊勢國」とあるだけですが、後世の「倭姫命世記」では、この神勅の挿話が分注の形で挿入されている、その箇所が、まさに「大与度」のくだりです。
其の処従り幸行したまふ間に、風浪無くして、海ノ塩大与度に与度美て御船をして幸行せしむ。其の時倭姫命悦ビ給ひて、其ノ浜に大与度社を定め給ひき<天照太神、倭姫命に誨へて曰たまはく、「是の神風の伊勢国は、即ち常世の浪の重浪帰する国也。傍国の可怜し国也。是に国に居らむと欲ふ」と。故れ太神の教の随に、其の祠を伊勢国に立てたまふ。因りて斎宮を五十鈴川上に興し立つ。是を磯宮と謂ふ。天照太神始めて天自り降ります処也>。
「倭姫命世記」は鎌倉時代ごろに成立した一種の偽書とも言われていますし、こちらこちらで見たような渡会氏の我田引水をも警戒する必要はあるかもしれませんが……

大淀が神勅の伝承地であることには変わりないでしょうし、もしもそれが後世の付会だとしても、それならそれで、かえって、その「意図」が読み解きやすくなるくらいかもしれません。
何といっても、こちらこちらでも確認したとおり、豊鋤入姫命の巡幸先も海辺が多かったですから……
それを思えば、倭姫命の御巡幸に際しても、「ノ塩」が「大与度に与度」んで船を順調に航行させたという「浜」に、大神が降臨されることは、すこぶる一貫した、自然ななりゆきに思えます。

豊鋤入姫命の巡幸は、奈良を起点に西のほうへ向かわれています。
それに対して、倭姫命の巡幸は、反対方向の東へ向かっているでしょう。
それは奈良から見て、朝日の上る方角でもあったでしょう。
海であること、東であること、川のほとりであること、などなど……
元伊勢の伝承地にはそれぞれに重層的な意味合いが込められているのかもしれません。

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倭姫
元伊勢巡幸倭姫命世紀20XX


追記:
付け加えますと、倭姫命の巡幸ルート、書紀では「近江國に入りて、東美濃を廻りて、伊勢國に到る」とありますが、現代の地名で言うと、滋賀県や三重県がほとんどで、岐阜県や愛知県についてはほんの一隅をかすめた程度。わりとすぐに引き返しているようです。
(滋賀県米原市から岐阜県瑞穂市に入るものの、急角度に方向転換して愛知県一宮市に向かい、そこからさらに急角度で西に舞い戻って三重県に入るという具合。岐阜県瑞穂市(美濃国伊久良河宮)については「倭姫命世記」だけでなく「皇太神宮儀式帳」にも記載があるそうですが、愛知県一宮市(尾張国中嶋宮)のほうは「倭姫命世記」にしか記載がないらしくもあります)
祭政一致の時代、御鏡の祭祀にも政治的な意味があったとすれば、御巡幸のルートは、当時の大和朝廷の勢力範囲とも関連しているのかもしれません。
尾張については、甥の日本武尊が東征に赴いた際、国造の娘・宮簀媛(ミヤズヒメ)を娶る挿話が有名ですし、それがやがて熱田神宮の創建にもつながります。美濃国については、こちらで追記したように、大碓命がお治めになった伝承もあります。
つまるところ、美濃・尾張の服属は甥たちの世代の仕事。伊勢神宮創建前の時点では、美濃・尾張にまでは、朝廷の威光はまだ浸透しきってはいなかった、ということなのかもしれません??
逆に言えば、倭姫命、女性の身で、甥たちの活躍に先行して、「国境地帯」を経めぐっておいでだったことになるわけで……現代の感覚から想像する以上の偉業だったのかもしれません。(後の熱田神宮の創建は、それだけ「国境」が東に移動した、という言い方もできるでしょうか?)
日本武尊の武力に先行する、倭姫命の現代流に言うところの「ソフトパワー」。大和朝廷の性格を表しているようでもありますし、また、柳田国男ではありませんが、「妹の力」について、思わず云々したくもなりそうな伝承かと思います。
(そういえば、日本武尊の東征にしても、ある意味、草薙剣以上に活躍するのは、倭姫命に授けられた火打石のほうだったりもするのですよね……)
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posted by 蘇芳 at 15:52|  L 斎宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする