2018年06月08日

【動画】伊勢物語四段/五段/六段ー芥川


こちらで言及した承和の変。
変の結果立太子された道康親王、やがて即位されて第55代文徳天皇とおなりです。
その文徳天皇の第一皇子が、伊勢物語で有名な惟喬親王。
伊勢物語自体はもちろんフィクションではあるのですが、前回も書いた通り、登場人物のいくたりかは、実在の人物として名指しされています。実在の人物についての予備知識を前提に読め、というのが、作者の趣向であり、意図でもあるでしょう。

惟喬親王は第一皇子でしたし、第二皇子(惟条親王)・第三皇子(惟彦親王)もいらっしゃいましたが、それら兄皇子たちをさしおいて立太子され、やがてつつがなく即位あそばされたのは、第四皇子の惟仁親王。後の第五十六代清和天皇です。

清和天皇といえば、すなわち、こちらで頼山陽の漢詩を引用した「髫齓の天皇」。立太子は生後僅か8カ月、御即位は若干9歳という、日本史上初の幼帝であらせられました。

この清和天皇の女御となられたのが、伊勢物語巻頭の数編でヒロイン役をつとめる二条の后こと藤原高子です。
父は藤原長良、兄は藤原基経(伊勢物語では「堀川の大臣」)、国経(「太郎国経の大納言」)。
このうち藤原基経は長良の三男でしたが、叔父・良房の養子となり、摂関政治の後継者ともなっていくのは、よく知られた史実かと。

要するに伊勢物語の背景には、清和天皇の外祖父、摂政太政大臣藤原良房による、いわゆる摂関政治の確立があるわけで……
主人公に擬せられる在原業平や、業平が仕えた惟喬親王、親王の母方の親戚にあたる紀氏の面々などは、藤原北家が我が世の春を謳歌する時流から疎外された、対立派閥の顔ぶれであり、政治的には負け組ということにもなるようです(史実においてはそれほど冷遇されたわけでもないらしくもありますが)。

惟喬親王の御生母は紀名虎の娘、紀静子。
名虎の息子であり、静子の兄弟にあたるのが、紀有常。
この紀有常の娘(惟喬親王の従姉でもある)が、在原業平の妻。

清和天皇の即位を推進したのが藤原北家の閨閥であるとするなら、こちらはこちらで惟喬親王を囲む紀氏の閨閥ということになるでしょうか。良くも悪くも女性の寝室で政治が動いたのが、平安時代というところ。

つまるところ、惟喬親王派に属する在原業平が、惟仁親王派の藤原氏の姫と恋に落ちた(そして引き裂かれた)という……登場人物を実在の人物に擬することで、三十六の劇的境遇というか、ロミオとジュリエット的というか、普遍的かつ王道的な物語構造が仕組まれているのが、二条の后をめぐる、伊勢物語の冒頭数段ということに、とりあえずはなるのでしょう。
(ちなみに主人公が対立派閥の政略結婚に横やりを入れるといえば、伊勢物語から大きな影響を受けたと思われる源氏物語においても、朧月夜の挿話としてリファインされているといえるでしょうか。ニュアンスはまったく異なりますが、須磨明石への源氏の流謫は、伊勢物語でいえば東下りに相当するともいっていえないこともないのかもしれません)


確かにこの一連の挿話こそ、わかりやすくよくできた悲恋物の王道であり、伊勢物語の白眉のひとつではあるかもしれませんが……
問題は、(こちらでも書いたように)、「伊勢物語」だというのに、これだとまったく「伊勢」が関係なくなってしまうところ。
もちろん、近代小説とは違って、「伊勢物語」という表題自体、作者が命名したものではなく、いつのころからか人々にそう呼ばれるようになっていったというだけのことでしょうから、「伊勢物語」だからといって必ずしも伊勢を中心に据えて読む必要はないのかもしれませんが……それならそれで、なぜ、この物語が「伊勢」物語と呼びならわされるようになったのか、それだけ人々の印象に残ったのが伊勢の斎宮のくだりだったということではないのか、という疑問が残ります。
皇位継承争いをめぐる対立派閥の抗争を背景に語られる王道ロマンスをさしおいて、全編の表題になるほどの、どんな魅力があの第六十九段にあるのか……伊勢物語本文を読んでいるだけでは、なかなか、納得しがたいものもある気はしないでもありません(近代小説ならばいかようにも盛り上げることもできるシチュエーションでしょうが)
Amazon:伊勢物語―付現代語訳 (角川ソフィア文庫 (SP5))


追記:
ちなみに、第六十九段については、皇女であり、斎王でもあった恬子内親王との密通は、権威・権力への叛逆である~という、サヨク的な読み方をしたがる人も、従来、いないことはないようですが……上で見た対立派閥の構造に鑑みれば、いささか無理のあるコジツケのようにも思います。
対立派閥の藤原氏の姫を盗み出すという二条の后の場合なら、なるほど、摂関家の権力への挑戦とも言えるかもしれませんが。
恬子内親王の場合は、そもそも、惟喬親王の妹ですから、派閥的にはむしろ身内の近いのではないでしょうか。
自分の仕える主君の妹と姦通して、いったい「誰」の権力に叛逆したといえるのか?
発覚すれば自分の属する派閥にこそ大迷惑がかかるというのに、(実際、二百年後(!)に高階氏がヒドイ迷惑を蒙ったことは前回追記のリンク先参照)、メリットがなさすぎます。
もちろん、「天皇制」や伊勢神宮の権威に叛逆しているのだ~と、サヨクは言いたいのかもしれませんが、在原業平に擬せられる「昔男」や伊勢物語の作者がそれを意図していると読み込むためには、それ相応の「動機」が説明されなければ、説得力を持ちえないでしょう。
(たとえば恬子内親王が心ならずも斎王となることを強要された、とでも言うのなら、「囚われの姫君」という、それはそれで王道的な物語類型も成立しますし、叛逆の動機も生まれますが……そんな「強要」は物語においては語られませんし、史実においても、さて、それをほのめかす史料のひとかけらでも実在するのか? なければ、それこそ妄想にすぎないと言うしかないでしょう)
posted by 蘇芳 at 21:38|  L 「伊勢物語」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする