2018年04月19日

【動画】「孤高の国母貞明皇后~知られざる昭和天皇の母」川瀬弘至 倉山満


チャンネルくららから。


動画概要:
2018/04/18 に公開
※画像に誤りがあったため、再配信しました。
孤高の国母 貞明皇后 知られざる「昭和天皇の母」
川瀬弘至 : https://amzn.to/2qLhAeD
100年前、天皇の「代替わり」をめぐり
渾身の力を尽くした皇后がいた。

病に陥った大正天皇の妃として、
皇室の安定に心を砕いた「国母」貞明皇后の数奇な生涯を、
新たな資料で語る決定版評伝!

【主な内容】
第一章 九条の黒姫
第二章 運命の歯車
第三章 試練の日々
第四章 揺れる想い
第五章 皇后への道
第六章 即位と政変
第七章 天皇発病
第八章 皇后の涙
第九章 天皇崩御
第十章 母子対立
第十一章 軍靴の響き
第十二章 夜明け前
Wikipedia:貞明皇后

日本が嫌いな研究者というのはこれ(https://amzn.to/2qJzPlz)ですかね?(違うかもしれませんが)
大正天皇の皇太子時代の溌剌としたお姿を掘り起こしたとして評価されていますが、その溌剌としていた大正天皇が、「侵略」と「ファシズム」の「暗黒」へと向かう時代の潮流に押しつぶされて悲劇的な最期を迎えた、という、左翼臭芬々たる「シナリオ」が、鼻についてウンザリした記憶はあります。

別の著者ですが、小説「大正の后」なども、同様な「史観」に貫かれていましたね。(パヨクなのかデュープスなのかは知りませんが)
ツッコみだすときりがありませんが、両陛下を善意の平和主義者として「美化」することで、脳内お花畑の「リベラル」に仕立て上げてしまっています。
ヘイワヘイワとさえずったところで、第一次大戦参戦に「反対」というのは、つまるところ同盟国英国を見捨てろという「背信」なのですけどねぇ。大正陛下は国家間の約束を平気で破れる方だったとでも言いたいのでしょうか?
しかも友邦露西亜の皇族が虐殺されて敵国ソ連が誕生したのもこの大戦。にもかかわらず小説全編を通してロシア革命への言及すらなく、「善良」であらせられる両陛下も何らお心を痛めていらっしゃる描写もないという不自然さ(フランス革命への言及はあるのにねぇ。それが伏線ですらないとか、小説的にも褒められたものではないでしょう)
グンクツガー、ヘイワガーとシュプレヒコールをあげていれば日本人を騙せるというものでもないでしょうに(と言いたいところですが、実際、コロッと騙されるアホも多いというのが、所詮、我が国の情ない現状なのかもしれません)。

そんなこんなで……

女系論などもそうですが、日本人が日本人として正しい自覚に目覚めて皇室のことを知ろう・調べようとすると、反日勢力の謀略本が多すぎて困ることが多々あります。
(クラヤマの天皇本もアヤシイものですがhttps://amzn.to/2qKkZuh
そんななか、本書については、産経新聞朝刊に連載されていたもの(に加筆修正したもの)ですかね? それなら私も連載時にひととおり読んではいると思いますし、サンケイですから、まあ、細部はさておき、全体としては、おおむね害にはならない内容ではあったように記憶しています。(上で書いたような第一次大戦・ロシア革命への言及などは物足りなかった気もしますが。まあ、資料の問題もあるでしょうし、やむをえなくはあるでしょうか)
そういう本がまた一冊増えたという意味では、喜ばしいというか、一読の価値はあるかもしれません。

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なお、大正天皇の后、昭和天皇の母、ということは、言うまでもありませんが、今上陛下からは祖母にあたらせられます。
大正天皇は若くして崩御あそばされ、今上陛下とお会いになったことはありませんが、貞明皇后は昭和26年までご在世でいらっしゃいましたから、今上陛下も御祖母様とは一緒にお過ごしになるお時間をお持ちになることがおできでした。
貞明皇后の崩御にあたっては、三首の弔歌をお詠みにもなっています。
 皇太后宮崩御 二首
御園生の草木は青くにほへども音しづまれるとののきざはし
今一度あひたしと思ふ祖母宮に馬の試合の話をもせず

 夏畠 (貞明皇后御手向草御兼題)
夏の日に御園の畠青めども誰かよろこぶ君在さずして 
特に「馬の試合~」の一首は、私たち庶民にもわかりやすい「おばあちゃんと孫」の在りし日を髣髴させるのではないでしょうか。
昭和8年ご生誕の今上陛下。昭和26年当時は18歳の高校生。学習院で馬術部キャプテンをお務めになり、確か大会で団体優勝なさっていたはずかと。

つけくわえると、皇族の「成人」は18歳ですが……今上陛下の立太子礼と皇太子成年式が執り行われたのは、(wikiによれば、ですが)、昭和27年11月10日とのことですから、貞明皇后はそれも見届けてはおいでにならないことにもなるようです。
さらにいうと、サンフランシスコ条約調印は昭和26年9月8日、発効は昭和27年4月28日ですから……念願の主権回復をも、見届けることなく、寸前でお隠れになったことになります。

公私ともに、あともう少しだけ見届けていただきたかった、という気がすると同時に、時代の「節目」をも感じさせる崩年かもしれません。

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立憲君主 昭和天皇 (上巻)
立憲君主 昭和天皇 (下巻)
母宮貞明皇后とその時代―三笠宮両殿下が語る思い出
大宮様と妃殿下のお手紙
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国母の気品―貞明皇后の生涯
昭憲皇太后・貞明皇后―一筋に誠をもちて仕へなば
貞明皇后御歌謹解 (1951年)
貞明皇后 その御歌と御詩の世界―『貞明皇后御集』拝読
大正天皇―一躍五大洲を雄飛す
大正天皇実録 補訂版 第一 明治一二年~明治三三年
大正天皇実録 補訂版 第二 明治三十四年~明治四十年
ラベル:大正天皇
posted by 蘇芳 at 20:51| 大正天皇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする