2018年04月09日

【動画】「学校では教えられない歴史講義 満洲事変」第1話 満洲事変を否定してしまった悲劇


チャンネルくららから。


動画概要:
2018/04/08 に公開
学校では教えられない歴史講義 満洲事変
倉山 満 : https://amzn.to/2HlfFVM

大東亜戦争というと、対米戦争の面ばかりが強調されがち。
最近でこそ、ようやく、アジア解放の云々という見方も声高に唱える人が増えてきたかもしれませんが、それはそれで、こちらなどでも書いてきたとおり、やや単細胞すぎるキライもあり……
ヴェノナ文書公開以降、現在進行形の「戦争」遂行のためには、アジア主義だけでなく、さらにその裏で何が起きていたのか、コミンテルンが云々という観点が非常に重要になろうかと思うわけですが……

それら史観のすべてにおいて、今一つよくわからないのが、満洲という存在かもしれません。

対米戦争という観点では、倉山氏の指摘する通り、桂・ハリマン協定(の破棄)が云々と、ばかげたことを言う人もいるわけですが。それが説得力を欠くことは、こちらでも言われていた通り、小村自身がモルガンと協定を結んでいる時点で明らかでしょう。所詮、ユダヤ陰謀論ですしね……

そもそも、石原や関東軍が、米国を念頭に満州事変を起こしたとでもいうのでないかぎり、事変の解明にとって重要なのは、あくまで「日本にとっての満洲」の意味であり、また「日本の敵にとっての満洲」の意味であって、「米国にとっての満洲」の意味などは本来二の次ではないでしょうか。
対米戦争という観点から満州を語ることは、かなり難しそうです。

といって、植民地解放聖戦という観点は、先述の通り、やや単純すぎるキライがあることは否めないでしょう。

おそらく、満州についても、他のアジア諸国と同様、日本の貢献や現地人との交流など、美談の類には事欠かないのかもしれませんが……
しかし、そうしたシンプルな日本讃歌は、ともすれば、日本はこんな立派なことをした、こんなに合法的だった、というナイーブな正当性の主張に終始しがちであって、そんな弁解じみた各論では、残念ながら、全体像の解明という点では、隔靴掻痒というか、物足りなさが残るのではないでしょうか。(たとえば、アジア解放の聖戦が、同時に、共産主義の世界制覇の露払いとして利用されてしまったような、裏の裏の可能性が見落とされてしまう、というのと同じように)

大東亜戦争は植民地解放の聖戦だというのも確かに一面の真理かもしれませんが、その伝で行くならば、そもそも満洲は日露戦争の時点でとうの昔に「解放」しているわけですから、大東亜戦争のときにまたあらためて「何」から「解放」するのだという話になってしまいます。
あるいは、まさにその「何」に相当する存在を守るためにこそ、悪質な隠蔽や歪曲や捏造が横行してきたのが、戦後の「歴史」というものであり、解明が要請されているのかもしれませんが……

個人的には、その「解明」には、聖戦史観だけでは不十分。満州における「敵」が何者であるかを考えれば、やはり、ヴェノナ文書公開云々の流れを受けた、江崎道朗氏やスタントン・エヴァンズのような、コミンテルンの謀略工作に注目する観点(百年冷戦史観)に期待したいように思います。
しかし、その作業は、はたして、どれほど進んでいるのか?
(まあ、日本の反日歴史学会ではそもそも始まってすらいないかもしれませんが)
コミンテルンの手先やデュープスが云々という観点では、どうしても、日本や米国の「国内」における影響力工作の解明が先決問題になりやすく、なかなか、(少なくとも現状では)、満洲までは手が回っていないような印象もあります。(それぞれの著者・研究者自身はそれなりの見識を有しているのかもしれませんが、それが私たち素人にもわかりやすい形で提示される機会は多くないのでは、と。ぶっちゃけると満洲についても、倉山氏より江崎氏にさっさと書いてほしい気がしないでもありません。それこそ「専門」ではないのかもしれませんが)

しかし、いつまでも足踏みをしていてよいというものでもないでしょう。

満州事変がひとつの大きな分水嶺となって、支那事変へ、対英米戦争へと発展し、対米敗北の結果、ソ連の満洲侵攻・日本人虐殺という最終局面を迎えた、あの大戦の歴史をふりかえるとき、その肝心の満洲についての理解が、捏造と歪曲と隠蔽と、引揚げの悲劇だけに終始してよいわけもありません。
はしなくも昨日こちらで書いたばかりですが、戦争というのは相手があって始まるものですし、相手があって戦うものですし、相手があって決着するものです。
当然、満洲において日本が何を目指したのかを解明するためにも、日本の「敵」が何者であり、それらが何を企んでいた(と日本が想定し、どう対処しようとした)のかを解明しなければならないはずでしょう。
日本の 本 当 の敵は何だったのか。江崎氏の著書のタイトルを借りるなら、「日本は誰と戦ったのか」。満洲における日本の「斯く戦へり」の追及もまた、結局のところ、その解明へとつながっていくのではないでしょうか。

といって、私自身が、満洲について大した展望を持っているわけでもなく、単なる一視聴者として、今回の動画シリーズや倉山氏の新著に期待するだけですが……

とりあえず、満洲に独立国を建てるという構想自体は、すでに日露戦争前夜の明治三十二年、花田仲之助が大山巌に提出した意見書『時務対露卑見』のなかで提唱されていると言います。
残念ながら素人が少々検索した程度では原文は発見できませんでしたので、岡田幹彦「日本を護った軍人の物語―近代日本の礎となった人びとの気概」から、著者による「要約」を引用しておくと、
ロシアに打ち勝つことができたならば、以後ロシアが東アジアで非道な振る舞いをすることを抑え、また災いの元を絶つため、韓国を保護国とし、満洲に一強国を建て、東アジアの安定に万全を尽くすべきである。
だそうです。

日露戦争で文字通りロシアに勝利した後、満洲に進出した日本は、やがて実際に「満洲に一強国を建て」ることになります。
その日本をよってたかって悪者に仕立て上げ、壊滅に追いやり、「満洲の一強国」をも滅亡に追いやった結果、世界は、何を得たか? 上の動画での倉山氏の指摘の通りでしょう。
「東アジアの安定」を目指した満州事変と、「東アジア」どころか「世界」を不幸にした連合国の「勝利」。どちらが本当の意味で正しかったのか? それを理解するには、戦後左翼の虚偽と決別し、明治の先見に立ち返るくらいの長期的なスパンで、歴史を見なおすべきなのかもしれませんね。。

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posted by 蘇芳 at 21:10|  L 大東亜戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする