2018年03月25日

【動画】滝廉太郎「花」「我神州」


桜の季節というとこの歌も思い出しますね。





Wikipedia:瀧廉太郎

西洋音楽もまた国策として導入・育成された時代。滝廉太郎も国費留学生として欧州へ渡ったこともあったはずですが……志半ばで病に倒れ、無念の帰国。父の故郷である大分県で療養ののち、24年の生涯を閉じたのが、奇しくも明治36年。日露開戦を翌年に控え、風雲急を告げようとしている時代でした。

明治時代、特に日露戦争は、日本人が朝野を挙げて持てる総力を結集した時代。数々の伝説級の人物を輩出したわけで。
滝自身もその一人であるのはもちろん、同時代人にも綺羅星のごとき人物がひしめいています。
中でも、滝と同郷の広瀬武夫中佐は、しばしば、伝説的なエピソードも交えて語られることがあることは、こちらでも書いた通り。
所詮は尾ひれのついた伝説の類であって、確たるソースがあるわけでもないようではありますが……
月に叢雲花に風:広瀬武夫、瀧廉太郎、鈴木虎十郎
などを見ると、竹田時代の滝家と広瀬家は本気でご近所だったらしくはあり、伝説のなかにも、いくばくかの史実は含まれているのではないかと思いたくはなります。

それでなくとも「夭折の天才」には伝説がつきもので、滝を主人公にした映画「わが愛の譜 滝廉太郎物語 [DVD]」など見てみると、(運命的な悲恋とやらはさておくとしても)、次から次へと何の苦労もなく無数の曲を書き散らしたかのような「速筆」「多作」のイメージを抱かされたりもしてしまいます。
しかし、wikiによれば「現在はっきりとその存在が確認されている作曲作品は34曲と決して多くはない」だそうで……多少、意外な気もしないでもありません。
しかしながら、作品リストを見れば、その「34曲」のうち、上の「花」をはじめ、「箱根八里」「荒城の月」「お正月」など、100年を経てもなお歌い継がれる名曲がいくつも含まれていること、今さら、言うまでもないでしょう。

もちろん、中には、すっかり忘れ去られた曲もあるかもしれません。
もっと言うなら、戦後の腐った風潮の中で、滝の一部の作品群は、(ご多聞に漏れず)、意図的に軽視され、黙殺さえされてきた可能性も、ないではないかもしれません。

なんとなれば、上で書いた通り、滝の没年は日露戦争の前年。
生年は明治12年ですから、明治27年~28年の日清戦争当時には、ちょうど15~16歳の多感な時期だったことになります。
そんな時代に国費留学生として、国家の命運を背負って音楽の道に邁進した滝廉太郎が、反日売国奴だったと考える合理的な理由は特になく……滝の作品のなかに、「日本男児」「命を捨てて」「軍ごっこ」「豊太閤」など、反日勢力が発狂しそうな曲名がいくつか含まれていることも、自然なことというべきでしょう。
戦後レジーム脱却の機運が高まりつつある現在、滝廉太郎についても、そうした観点からの再評価がもっと必要なのかもしれません。

ということで、桜つながりで、滝廉太郎作曲の歌曲をもう一曲……貼っておきます。
タイトルからして素晴らしいですね。「我神州」。


「我神州の正大気 凝りて咲きけん櫻花」
春のうららの隅田川も、春高楼の花の宴も、もちろんですが、これもまた間違いなく滝廉太郎の世界なのでしょう。滝廉太郎を、日本が誇るべき偉人として、天才として語りたいのならば、こうした作品群もまた、決して忘れてはいけないように思います。

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posted by 蘇芳 at 21:16| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする