2018年03月24日

【動画】さくら変奏曲 + 幻想曲「さくらさくら」


普通の唱歌版はこちらで聴きましたが。
わりといろいろなバリエーションが作られているようで。
まあ、これだけの名曲ですしね。
とりあえず有名どころ(?)かどうか知りませんが、youtubeにわりとたくさん転がっていそうなバージョンを二つ。。





動画概要:
1)2009/12/19 に公開
宮城道雄の名曲『さくら変奏曲』です。筝2面と十七弦の合奏曲。
"Sakura Variation" composed by Michio Miyagi, superior composer and player of Japan. This is an ensemble music of three kotos.

2)2009/12/27 に公開
幻想曲「さくらさくら」 平井康三郎作曲のピアノ独奏曲。 "Sakura Fantasia" piano sonata composed by Kozaburo Hirai.

前回いろいろ知ったかぶりましたが。
平安時代以降、梅から桜へ文化的重要性がシフトしていき、別格の地位を与えられるようになっていったのは、間違いないところでしょうか。
百歩譲って小野小町の「花の色はうつりにけりな」の「花」が実は桜ではなく梅だったとしても、時代を下って、西行の「願はくは花の下にて」の「花」はどうしても桜でなければならないように感じます。
さらに時代が下って、それらの人物が伝説化されていけば、なおさら、後付けの美意識が過去に投影されもするでしょう。




西行桜はもちろん、下の東儀さんの動画は小野小町の例の歌ですが、ナレーションが普通に「桜」と言っています。まあ、一般的な解釈はそうですね。梅だというのはあくまで「一説」。
京都おもしろ宣言:梅あらかると
 小野小町の「花の色は うつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに」の花は、収められた古今集の配列から桜とみるのが有力。だが、小野地区は古来、梅の里とされてきたことや、時代背景から「梅であってもおかしくない」と隨心院の亀谷執事。
引用にもある通り「古今集の配列から桜とみるのが有力」だそうですし、そもそも掛け言葉の「ながめ」が出てくる時点で、梅の季節だと早すぎるような気がしないでもありません。

まあ、蘊蓄は蘊蓄として、一方で、詩文などというのは、本来、多義的であってよいものでしょう。梅だと思いたい人は勝手に思っておけばよいことで、桜だとしか感じられないのなら、それもまた正解ということでよいのではないでしょうか。
昔は~本来は~と揚げ足を取ってみたところで、そうした変遷を経てきたうえでたどり着いた現代の私たちの感性は、当然、そうした積み重ねの上から桜を見ざるをえないわけでもあるでしょうから。。
本居宣長の
しき嶋のやまとごゝろを人とはゞ朝日にゝほふ山ざくら花
は、さらに時代を下って江戸時代。
私たちはさらにその後の時代を生きているわけで、過去に培われてきた桜文化を、享受しないわけにもいきません。
何はなくとも、やはり日本人たるもの、この季節には「花」のひとつも愛でたいものかと。
まあ、花より団子というのもそれはそれで日本人かもしれませんがw (宴会文化でもありますしね、花見)
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さくらさくら〜7つのヴァリエーションで聴く〜
さくらさくらデラックス
花見と桜―日本的なるもの再考
ラベル: 音楽 唱歌
posted by 蘇芳 at 20:45| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする