2018年03月15日

【動画】なぜブータンは親日なのか??その礎を作った日本人西岡京治 + 【海外で尊敬される日本人】親日国ブータン・パロ!農業の父、ダショーとして尊敬されている日本人・西岡京治氏!


こちらで無理やりこじつけておいたダショー・ニシオカ。
そういえばまだ動画の一つも貼っていなかった、と思って、国旗の重みシリーズを貼ろうと思ったのですが……
残念ながら、現在、西岡京治物語の前編が見られなくなっているようで。。orz
中編以降は普通に見られるのでそれだけ貼っておいてもよいですが……それもどうもスッキリしない。
ので。
とりあえず代わりに西岡氏を紹介する動画を二本ほど貼っておきます。





動画概要:
1)2016/02/26 に公開
親日国として有名なブータンだが、その裏にはある日本人の多大な貢献があった。その日本人と言うのが西岡京治である。彼はブータンの農業に大きく寄与し、生涯を終えた際の葬儀はブータンで国葬として取り扱われた。

2)2017/03/02 に公開
【ブータンの農業の父・ダショーと呼ばれる日本人・西岡京治氏】
ブータンが親日国というのは事実ですが、その最大の要因はブータンの農業の父・ダショーと呼ばれる日本人・西岡京治氏の功績が非常に大きいです。

西岡氏は昭和8年(1933年)に朝鮮半島の京城(現在のソウル)で解剖学者の西岡辰蔵・利恵夫妻の長男として生まれました。

大阪府立大学、大学院卒業後、高校の教師として勤めた後に、昭和39年(1964年)に海外技術協力事業団(現・国際協力機構)のコロンボ・プランの農業指導者として夫人とともに赴任。

ブータンに赴任当初は、インド人が大半を占める農業局から冷遇を受け、試験農場すらまともに用意されませんでした。

切磋琢磨しながらも、日本から導入した野菜の栽培および品種改良、荒地の開墾など、ブータンの農業振興に尽力しました。
西岡氏の誠実な人柄と常にブータン人の立場でものを考えは、ブータン人の支持者を増やし、3代国王にも認められ、ボンデにデモンストレーション農場を造ることができました。

西岡氏の振興策は援助側の一方的な施策の押し付けではなく現地の実状に即した漸進的なものでした。

当初2年の赴任の予定がブータン側の要望で平成4年(1992年)に59歳で氏が敗血症で亡くなるまで28年間に引き延ばされてました。(人生の半分近くはブータンに居住)

昭和55年(1980年)に西岡氏は4代国王より最高の爵位である「ダショー」を授かり、同国において唯一にして史上初の外国人受爵者となりました。

西岡氏が亡くなられた平成4年(1992年)3月26日にブータン王室およびブータン政府によって西岡京治の国葬が執り行われ、遺体は夫人の意向に従ってパロ盆地が見渡せる丘に埋葬されました。

平成22年(2010年)に在留邦人有志により、再整備がおこなわれました。

仏塔にて合掌させていただきました。

一個人ででここまで国を動かすのはすごいことです。

西岡氏に関しては、若い世代や僻地に住み、教育を受けてない人々以外には絶対的な知名度ど人気を誇っており、ブータンの人々から「ダショー・ニシオカ、ニシオカさん」と呼ばれています。
Wikipedia:西岡京治
Wikipedia:ブータン

前回知ったかぶっておいたコメの増収の話もチラッと登場しましたね。正しくは「並木植え」でしたか💦 迂闊にテキトーな吹聴をするものではありませんね。失礼。

ブータンといえばいわゆる「親日国」として有名で。
3.11直後に国王夫妻が日本を訪問してくださったこと、国会での演説なども記憶に新しいですが(といってももう7年前なわけですが)、西岡氏のエピソードも、それを機に、わりと人口に膾炙したりもしたでしょうか。ネット上はもちろん、TV番組などでも紹介されたようで、大きな声では言えませんが、今もまだ当時UPされた映像が動画サイトに残っていたりもするようです?

もちろん、国家・外交を見るときに、「親日」などという情緒的なモノサシが唯一であるわけは、ないわけで。
気がつけばアジアの(いわゆる「親日国」を多数含む)諸国が、欧米のバカげた妄想に便乗して「台頭」してきた独裁国家に、次々になびき始めているとか何とかいう話もあるようです。
メルマ!:宮崎正弘の国際ニュース・早読み 「北朝鮮の核と共存する覚悟はあるか」とウィリアム・ペリー元国防長官は警告していた (2018年03月13日発行)
 現在のアジア諸国において米国と密接な絆を持つ国は日本、韓国、台湾とベトナムであり、完全に中国側に転換したのはラオス、カンボジア、マレーシア、タイ、ミャンマー、そしてブルネイである。
両天秤にかけての様子見がフィリピン、インドネシア、シンガポールという色分けになる。

はたと気が付けば、インドが保護してきた周辺国のネパール、バングラ、スリランカ、パキスタン、モルディブが中国寄りへの傾斜という実態に驚愕の声を上げたように、米国はいま、アジアにおいて米国の同盟国が減って、中国サイドに急傾斜している国々のおびただしさという現実(リアル)を目撃し、外交の転換を熟慮してきた。
日の丸三兄弟だのプラーニンだの500リエル紙幣だの、ネットの住人が酔いしれて「拡散」にこれつとめた「美談」の主役たちの名前を、ウソかマコトか、ここ↑でこういう形で読むことになるというのも、あまり楽しい話ではありません。(もちろん、宮崎正弘氏の認識が間違っている可能性もありますが)

しかしそんななか、動画にもインドから派遣された役人が登場していたように、「インドが保護してきた周辺国」の一つでもあるブータンはといえば、なおまだ、こちら側に踏みとどまっていそうな気配もないことはないようで……
ギラの日本を護りたい!:中国軍がブータン王国に領土侵略中!
産経ニュース:
中国ブータン紛争地問題 インドも中国に懸念表明
インドの中国非難にブータン参戦 インドでは中国製品不買運動も
そもそも、チベットの隣国でもあり、構成民族の八割がチベット系でもあるブータン。
歴史的・地政学的・論理的・常識的、そして道義的に考えれば、他に選択の余地があるはずもなさそうではあります。
しかし、そう「考える」ことと、そのように「行動する」こととは、必ずしも、直結しない場合もありうるのが、現実というもの。経済的な(実際には空手形にすぎない)利益に目がくらんだり、軍事的恫喝に脅えた結果、四の五のと屁理屈をつけて、侵略者に媚びへつらうことを正当化する国も、存在するでしょう。欧米諸国が愚劣な妄想にとらわれて侵略者を援助しつづけてきた歴史があるのならなおさらです。(チベット民族が大半を占めるブータン人、欧米が(口先の美辞麗句以外)何の助けにもならないことは、誰よりも骨身にしみて知り尽くしてもいるでしょうしね。。。)
それでもこちら側に踏みとどまっているのだとすれば、そんなブータンには、一本筋の通った、品のようなものが感じられるかもしれません(願望かもしれませんが)。

翻って、日本はどうでしょうね……
ダショー・ニシオカに恥じない品位を、なお、保っているでしょうか?

「親日国」だ「幸福の国」だと、甘ったるいイメージで友好を語るのもけっこうですが……
〝まさかの時の友が真の友”
いやしくも友好を語るのなら、せめて日本自身は、それを口先で終わらせない努力をしたいものです。
せっかく、ようやく、欧米が、チャイナ幻想の愚かさに気づき始めた矢先でもあるのですから。。。
JBpress:甘い期待は終了、大転換点を迎える米国の対中政策 歴代政権の対中「関与」政策は失敗だった
産経ニュース:【緯度経度】米歴代政権による対中関与策の失敗 トランプ大統領「中国をWTOに招き入れたことが間違いだった…」 古森義久

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ブータン神秘の王国
ブータンの花 新版
ブータンの朝日に夢をのせて―ヒマラヤの王国で真の国際協力をとげた西岡京治の物語
犠牲者120万人 祖国を中国に奪われたチベット人が語る 侵略に気づいていない日本人
世界の中国化をくい止めろ
ラベル:ブータン
posted by 蘇芳 at 20:47| 昭和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする