2018年02月16日

【動画】「真実の世界史講義 中世編」第3回 中世と近代のはざまで~こんなに偉いぞ足利義教


前回がアレだったので微妙に視聴意欲が減退しているシリーズですが……
北条義時の次は(元寇も日明貿易もすっとばして)足利義教、というのが、今回の「世界史」でしょうか?


動画概要:
2018/02/11 に公開
★2月15日新発売!絶賛ご予約受付中です!『誰も教えてくれない 真実の世界史講義 中世編 』倉山 満: http://amzn.to/2o3rM1j

足利将軍というのは一応15人いるはずで、人数的には江戸幕府に匹敵しているのですよね。
にもかかわらず、有名人の数は圧倒的に少ない印象があります。
高氏、義満はいいとして、あとは一般的に知名度があるのは、せいぜい義政、義昭あたりでしょうか。
といって、義政は「日野富子のダンナ」とでも言われなければわからないかもしれませんし、義昭は信長のオマケみたいなものですし。
この印象の薄さが、足利幕府全体のイメージをつかみにくくさせているきらいはあるかもしれません。
そういう意味では、また一人将軍の名前を覚えられる、という効能はある動画かもしれません。
義教「だけ」覚えても仕方ない気はしないでもありませんが。

少し時代をさかのぼると、義教たちの父・三代将軍義満は皇位簒奪を企てていた疑惑が濃厚ですが、彼の死後、将軍職を継いだ義持は、温厚な人柄で普通に尊皇家。よって大それた野心は抱かず、父の計画も破棄、皇統は守られた、とされています。(異説あり)
Wikipedia:足利義持
応永15年(1408年)5月9日、朝廷は義満の生前の地位を考慮して太上法皇(太上天皇)の尊号を与えようとした[13][14]。しかし将軍の義持をはじめ、特に義満没後に政権を握った斯波義将の強い反対があり、拒否された[15]。
義持が、義満に偏愛されていた弟・義嗣を殺害したことも、この文脈のなかで、いわば簒奪阻止の一環と見なせなくはないかもしれません(私怨もあったのでしょうけれど)。
また、義持は支那に従属した義満の政策も転換。皇国史観的にはその点でも評価されうるかもしれません。
Wikipedia:足利義持
義持は明との外交関係でも転換を図り、父の義満が明との間に開いた冊封関係を否定した。特に義満が「日本国王」に封じられた事は公家をはじめ、斯波義将や満済らからも批判が強かった[20]。
義将は義満の日本国王には批判的だったが貿易すなわち対外通交には積極的だった。その義将が死去したため、義持は態度を一変させて明の永楽帝の勅使が京都に入る事を許さず、兵庫から帰国させるに至る[22][23]。そして応永18年(1411年)に明と国交を断絶し、冊封関係も消滅した[24]。
朝幕関係も日明関係も「正常化」され、倉山印の「世界史」的にはどうだか知りませんが、日本史的・皇国史観的には、この義持こそが名君とも言えなくはなさそうかもしれません。
実際、義持の将軍在職期間は28年、歴代最長を誇るそうです。
その後、息子の義量に将軍職を譲りますが、大御所として実権は掌握。しかも義量が在職わずか2年で急逝したため、その後は将軍空位のまま、引き続き義持が政権を運営したというのですから、かなりの安定感です。

その長期安定政権の後を受けたのが、お題の義教。

義持の時代は、それだけの長期政権だったのですから、義持と義教の関係が良好だったのなら、将軍職の引き継ぎもスムーズに行ってよさそうなものですが。そうではなく「籤引き」というパフォーマンスを必要としたという、そのこと自体、複雑な事情を想像させます。
実際、義持は最後まで自ら後継者を指名することはなかったようで……
指名できない・したくない理由が、何か、あったのでしょうか? 大名たちの勢力図の他に、あるいは、義教自身にも?

信長や秀吉は義教を模倣したとも言われていますが、その義教が範と仰いだのは、兄・義持ではなく、父・義満だった、とも言われているそうで。その真偽のほどは知りませんが、実際、義教は、義持が中断させた勘合貿易など、義満時代の政策をいくつも復活させているようですし、皇位継承問題に介入したりもしているようではあります。
それでは、父・義満の皇位簒奪計画。そこまで行かなくとも、朝廷の権威に対する「挑戦」は、義教によって、やはり、蒸し返されたのか?

以前、こちらこちらで、信長と正親町天皇の関係(朝威に対する武家政権の挑戦と屈服)を今谷明の著書などを参照して考えてみましたが。
朝廷に「挑戦」した義満や信長。
朝廷に「恭順」した義持や秀吉。
義教の評価もまた、こうした武家の「権力」と朝廷の「権威」との緊張関係をめぐる国史の中で位置づけるほうが、わかりやすいように、個人的には思います。
(神様のご子孫を差し置いて王権神授を云々して世界史でございというのも、まあ、結構ですが……)
Amazon:
誰も教えてくれない 真実の世界史講義 中世編
増補 二人の天魔王 -信長の正体-
魔将軍―くじ引き将軍・足利義教の生涯
籤引き将軍足利義教
室町幕府崩壊 将軍義教の野望と挫折
posted by 蘇芳 at 20:38| 南北朝・室町時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする