2018年01月26日

【動画】すばやく学ぼう!歴史人物伝「18歳で総理大臣!日本を救った英雄 北条時宗」



動画概要:
2016/03/22 に公開
14歳で副総理、18歳で総理大臣!日本を救った英雄 北条時宗!
「元寇は神風で勝ったのではない」(石井菊次郎)

ヨーロッパが追いつくのは千年も後!17条憲法を作った聖徳太子の偉大さとは・・
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こちらなどで明治維新の軍事的必要性について考えたことがありますが……
いわゆる幕府・幕藩体制というものは、国内の統一こそが主要な機能であって、対外戦争に関しては実は不利な体制ではないかという気がします。

源氏の敵は平家、
足利の敵は北条、
徳川の敵は大坂方、
彼らは「内戦」に勝利することで幕府を開き、
かつまた、
鎌倉幕府は後醍醐天皇の蜂起によって、
室町幕府は応仁の乱をはじめとする戦国騒乱のあげく信長によって、
徳川幕府は尊攘運動から戊辰戦争へといたる動乱によって、
やはり常に「内戦」によって崩壊してきたのでした。
「内戦」によって生まれ、「内戦」によって滅びる。明示的にも潜在的にも、幕府の「敵」は常に国内にある。という気がします。

それが証拠に、というべきかどうか知りませんが、日本が対外戦争の危機に際会し、よく国を守りえた時代というのは、その多くが、幕府時代ではないのではないでしょうか。
古代、支那朝鮮の狼藉の数々に対処したのは言うまでもなく朝廷であり律令国家ですし、朝鮮出兵を行った豊臣秀吉はあくまで朝廷の太閤であって、征夷大将軍ではありません。
徳川時代はいわゆる太平の世。対外戦争は行っていませんし(島原の乱を30年戦争日本戦線とか言った人はいますが)、幕末に外国と砲火を交えたのも、あくまで鹿児島県や山口県であって、幕府ではありません。幕府が陣頭に立った外交案件としてはこちらこちらで触れた文化露寇などもありましたが、内実やまたタテマエ的に「戦争」と呼ぶべきものだったかどうかといえば、微妙かもしれません。
(幕府の対露外交については、一時はロシア船への対処のために英国に泣きつくような醜態までさらしたことがあったとか)

結局のところ、外敵から国家を防衛する国民軍・国防軍を組織するためには、その成員が、国家に帰属する国民としての意識を持つ必要があるのではないかと思いますが……
律令国家の分裂解体過程から発生した武士団は、その本質において、荘園領主に帰属する私兵集団たらざるをえず……そうした私兵集団を擬制的に統合した幕府軍は、最も結束を必要とする国難に際してこそ、日和見・抜け駆け・離反・造反・分裂・解体等々の危機に最も陥りやすいキライがあるのではないでしょうか。
こちらなどでくりかえし語ってきたように、「愛国」の言葉と実行が生まれたのは持統天皇の御代であって、幕府時代ではなく……武士の時代に道徳として唱えられたのは、「国家」ではなくあくまで封建「領主」に対する奉公でした)

どうも、幕府というのは、国防軍というよりは内政統治機構であり、基本的にヒキコモリ的なシステムであって、ある意味、幕府の「お武家さん」より律令国家の「お公家さん」のほうが、対外的には感覚が鋭敏で、また、血の気も多かったのかもしれない。そんな気さえしてきます。(支那の朝貢システムから離脱した雄略天皇、支那に対等外交を挑んだ聖徳太子、律令制国民国家「日本」を完成させ唐の外圧から日本を防衛した天武・持統朝などなど)

しかしながら何事にも例外というものはあるようで……

そうしたヒキコモリ体質の「幕府」という機構が、外敵の侵略に抗して対外戦争・防衛戦争を戦った、数少ない事例のひとつが、前後二度にわたる元寇だったかもしれません。
国防軍というよりは内政統治機構である「幕府」にとって、それは通常業務というより、特異的・例外的な事件であって……だからこそ、注目に値するようにも思います。
もっとも、北条時宗は征夷大将軍ではないわけで……鎌倉「幕府」はすでに三代目にして事実上崩壊、北条政権へと変質を遂げていたとも言えるかもしれません。
あるいは、その「変質」こそが、「幕府」というシステムの持つ弱点に陥ることから、北条政権を保護した、とも言えるのでしょうか?

正直、この時代には詳しくないので、迂闊なことは言えませんが……

国家に帰属する国民としての意識が未成熟で、ともすれば日和見や抜け駆けに走ろうとする複数の私兵集団を、曲がりなりにも国防のための統一行動に駆り立てようとするなら、政権中枢には、並外れた求心力・統率力・リーダーシップの発揮が求められることは、言うまでもないでしょう。
それを成し遂げるだけの、見識と力量と、そして何より意志を併せ持つ指導者を、カリスマ、と呼び、また「英雄」と呼ぶのかもしれません。
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追記:
先日、現代日本のリーダーが、何かのたたき売りのように「国難」という言葉をくりかえしていましたが……
http://sumeragi-iyasaka.seesaa.net/article/456422171.html
本気で国難に対処し、国家を守り抜く意志があるというのなら、まず最初に何をしなければならないか? 国内を「まとめる」ために何をすべきか? みんなナカヨク~などと寝言を唱えて満足していればそれでよいのか? 北条時宗にこそ学んでいただきたい、という気がしないこともないかもしれません。
posted by 蘇芳 at 20:51| 鎌倉時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする