2017年12月13日

【動画】海ゆかば




当然といえば当然ですが、様々なバージョン、様々な録音が残されている曲です。
新録も日々新たに生まれているかもしれません。
この短い曲が、なぜこうも私たち日本人の心をわしづかみにするのでしょうね?

NAXOS盤の「信時潔:交聲曲「海道東征」」の解説書には、この曲をめぐって、
昭和17(1942)年ホルンで入学した岩井直溥は「重厚なサウンド」に「身震いするほどの感激」を味わい、「このことだけでも音楽学校に入った甲斐があった」と述べる(『東京芸術大学百年史 東京音楽学校篇第二巻』354頁)
昭和14年に入学した作曲の土淵るり子は、東京駅頭のあちこちで各学校が校歌や万歳で出征する友を見送っているところで《海ゆかば》を歌い始めると、周囲が次第に鎮まっていき、皆が聴き入った情景を思い出す。
などの挿話が紹介されています。

「海ゆかば」は「海道東征」SP盤レコードのカップリング曲でもあったそうですが、戦後、「海道東征」が近年にいたるまでその存在すら隠蔽され忘れられていたのに対して、海ゆかばは(反日勢力の誹謗中傷にもくじけることなく)自衛隊や愛国者を中心に聴き継がれ歌い継がれてきたようにも思います。
(短くて覚えやすい歌いやすいという即物的な理由もないではないかもしれませんが)
一度聴いたら決して忘れることのできない、この曲、この詩には、やはり、日本人の魂をゆさぶる何かが込められているのではないかと思わずにいられません。

大君のために死ぬということ。それは大君こそが日本にとってもっとも大切な中心だということ。大君なくして日本も日本人もありえないということ。大君と共に生きてこその日本人だということ。ではないでしょうか。
つまるところ、一見「死」を歌っているように見えながら、実は裏返しに、日本人としての「生」の核心を提示しているのが、この歌なのかもしれません。

第一、大伴家持による元歌にしてからが、そもそも、めでたい席で詠まれた、賀歌なのですから。
 陸奥国より金を出せる詔書を賀く

葦原の 瑞穂の国を 天降り 領らしめける すめろきの 神の命の 御代かさね 天の日嗣と 領らしくる 君の御代御代 敷きませる 四方の国には 山河を 広み厚みと たてまつる 御調宝は 数へ得ず 尽くしもかねつ しかれども 我ご大君の 諸人を いざなひたまひ 善き事を 始めたまひて 黄金かも 確けくあらむと 思ほして 下悩ますに 鶏が鳴く 東の国に 陸奥の 小田なる山に 黄金有りと 申したまへれ 御心を 明らめたまひ 天地の 神相珍なひ 皇祖の 御霊たすけて 遠き代に かかりしことを 朕が御世に あらはしてあれば 御食国は 栄えむものと 神ながら 思ほしめして 物部の 八十伴の雄を 服従の 向けのまにまに 老人も 女童児も しが願ふ 心だらひに 撫で賜ひ 治め賜へば ここをしも あやに尊み 嬉しけく いよよ思ひて 大伴の 遠つ神祖の 其の名をば 大来目主と 負ひもちて 仕へし官 海行かば 水漬く屍 山行かば 草むす屍 大君の 辺にこそ死なめ かへり見は せじと言立て 大夫の 清きその名を いにしへよ 今のをつつに 流さへる 祖の子どもぞ 大伴と 佐伯の氏は 人の祖の 立つる辞立 人の子は 祖の名絶たず 大君に まつろふものと 言ひつげる 言の職ぞ 梓弓 手にとりもちて 剣大刀 腰にとりはき 朝まもり 夕のまもりに 大君の 御門のまもり われをおきて 人はあらじと 弥立て 思ひしまさる 大君の 御言の幸の 聞けば貴み
異論は認めます。
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posted by 蘇芳 at 20:48| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする